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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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食後のチーズ

 試食の後にチーズ盛り合わせが運ばれてきた。

 目を輝かせるヤマである。真っ先に数切れのシェーブルを確保してご満悦の表情だ。ハの字型の眉の角度がさらになだらかになり、バーコードハゲもテカテカしている。

「食後にはチーズですよね。新作が無いのは残念ですが」

 ゴパルが目を閉じて頭をかいた。

「すいません。発酵チーズに適した菌の選定が遅れているそうです」

 微生物学研究室といえども、簡単に海外から菌を輸入できるわけではない。ネパール国内でゴパル達が採取した菌も、安全性や機能性を調べるのに時間がかかる。


 シェーブルの他には、カマンベールチーズ、エメンタールチーズ、グリュイエールチーズ、青カビチーズがあり、さらにモッツァレラチーズでクリームチーズを包んだ甘いプッラータも出ていた。

 ただし、エメンタールチーズとグリュイエールチーズは原産地ではないので名前が使えない。今回は試食なので、名前を使っているが。


 ゴパルはプッラータを最初に食べるつもりのようである。早速ナイフを入れて食べ始めたゴパルだったが、ふと何か思いついたようだ。

「甘口ですので、ワインの他に甘いシードルでも良さそうですね。アップルブランデーとは無理っぽいですが」

 給仕長が興味深そうに聞いて少し考えた。

「なるほど……そうかも知れませんね。チーズにはワインやマールだという固定概念に囚われていたようです。試してみますね」

 一般的には、食後のチーズには赤ワインとバゲット、無塩の発酵バターを用意する。

 発酵チーズには外皮が塩辛くて臭いものが多いので、ナイフを使って切り取って外しておくと良いだろう。それでも塩辛かったり、臭いが強かったりする場合は、バターを多く塗ってバゲットと一緒に食べる。


 ヤマがシェーブルをかじりながら赤ワインを飲んで幸せそうな表情をしている。

「シェーブルの風味は前回と同じですね。今後に期待しましょう。しかし、ネパールでシェーブルを食べる事ができるだけで幸せになりますね。これで溜まっている仕事も早く片付きそうですよ」


 チーズの後はコーヒーかエスプレッソなのだが、今回は紅茶になった。ゴパルが自身のスマホでカレンダーを確認する。

「ああ、そうか。もう二番茶の収穫時期なんですね」

 給仕長が厚手の陶器製丸底ポットで紅茶を淹れて、ゴパルとヤマのティーカップに注いだ。

 途端に強烈な香りが二人の嗅覚を直撃する。目を点にして紅茶を眺めるゴパルだ。

「へ……? 紅茶ってこんなに圧倒的な香りでしたっけ」

 ヤマも驚いているが、とりあえず一口飲んでみる事にしたようだ。

「おお……香りのパンチが凄いですね。ダージリン系統のマスカット香ですが、やはり別物です」


 ヤマの感想ではダージリン紅茶は、ボクシングの試合で敵にクリンチされて身動きできない状況で、ボディブローの連打を延々と食らうような感じらしい。

 このリテパニ酪農産の紅茶は、アゴに右ストレートをカウンターで食らったような感じだと話してくれた。

 キョトンとするゴパルである。ボクシングには興味がないのか、例えが理解できなかったらしい。


 ヤマが察して、バーコードハゲの頭をかいた。

「香りの系統は似ているのですが、印象がかなり違うと言いたかっただけです、すいません」

 とりあえず聞いたままを文章にして、それをレカ宛にチャットで送るゴパルであった。

 すぐにレカから返信が返ってくる。それを読んだゴパルがジト目になった。

(クランクじゃなくてクリンチ、カウントじゃなくてカウンター……ですか。ツッコミに容赦がないな。ボクシングに詳しいのかな?)

 その割には、ゴパルに対してはいつもローキックを放っているのだが。


 レカからの返事をヤマに話して知らせると、満足そうな表情に変わった。レカが格闘技ファンだと知って親近感を覚えたのだろう。

「私の感想がレカさんに伝わったようで良かったですよ。手作り紅茶って貴重ですから、頑張ってほしいですね」

 手作りといっても機械を使っているのだが、指摘はしないゴパルであった。それよりも、レカの返信が早すぎた事に内心で苦笑している。

(これって、絶対に風邪なんかひいてないよね……)


 この日は、ルネサンスホテルに泊まる事にしたヤマであった。幸いホテルは満室ではなかったので一部屋を確保する。

 ヤマが太鼓腹を両手で撫でながら、照れ隠しに笑った。

「この店に来ると食べ過ぎてしまいますね。ははは。今日はこのまま部屋に入って眠る事にしますよ」

 ゴパルも同じように腹をさすりながら同意した。

「私もそうします。しかしポカラでは明日もゼネストが続くらしいので、もう一泊する事になるかも」

 ポカラから歩いてABCまで帰ればいいのだが、横着してバスや小型四駆便を利用しようと考えているようである。


 給仕長によると、予約客の四人がまだ食事中という事なのでサビーナは厨房に居るらしい。

 ゴパルが気遣った。

「そうですか。大変ですね。料理が美味しかったと一言礼を述べたかったのですが……ヤマさん、バーで何か一杯飲んでいきませんか? その間にサビーナさんも厨房から顔を出してくれるでしょう」

 快く賛成するヤマだ。

「そうですね。礼を述べるのは大事です。シェーブルを食べた後なので、スコッチか何かを飲みたい気分なんですよ、ははは」

 ゴパルの脳裏に、低温蔵で留守番をしているスルヤの恨めしそうな顔が浮かんだが、気楽に気持ちを切り替えた。

(許せ、スルヤ君。一日ほど戻るのが遅れそうだよ。お詫びにポテトチップスか何かを土産に買っていくからね)


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