豚チリ談義
アネルが調理場から顔を出して、太い眉を片方だけ上下させた。
「気に入ってくれたようで、良かったですよ。その豚肉はチャイ、地元産じゃなくて、ポカラ産ですがね」
へえ……と、もう一口、豚肉を食べるゴパル。今度はクズ肉の方だ。アネルが、さらに太い眉を上下させて話を続ける。
「国内最大規模の養豚場ができるって、計画だそうですがね。ちょっと、肉が臭くてアクがあってね。アク抜きが、面倒なんですよ」
ゴパルが固い豚肉を、口の中でモゴモゴ噛みながら、軽く首をかしげた。
「そうかい? そんなに臭くはないと思うよ」
アネルがニヤリと大きく笑った。
「そりゃあ、グルン族ですからね。豚肉の扱いには、長けておりますぜ。ゴパル先生が、同じ肉を使ったらチャイ、多分、臭くて食えないと思いますよ」
ゴパルはヒンズー教徒なので、豚肉はあまり食べない。従って、調理方法や、アクの抜き方について疎いのは、仕方がないだろう。素直に認めるゴパルである。
「そうだろうなあ。だからこそ、山村に行くのが楽しみなのですよ」
照れているアネルに、ゴパルが一つ頼んだ。欧米人客達は、食パンに目玉焼きやチーズを乗せて焼いたものを、ビールと一緒に腹の中へ流し込んでいるところだった。
ビール瓶の王冠は、完全に取り除かずに、フタができるようになっている。
ハエが、ビール瓶に群がらないようにするためである。王冠で瓶にフタをする事で、ハエが瓶内に落ちてしまうのを防いでいる。ビールを注いだ中ジョッキグラスにも、紙ナプキンを乗せている。
牛や山羊といった家畜が、そこらじゅうで飼われているため、ハエが多いのだ。今も、観光客が寛いでいるテーブルの上では、数匹のハエが歩き回っている。
ピザとパスタは、もう平らげてしまったらしい。その彼らを、ゴパルがチラリと見る。
「朝食ですが、パンでお願いしますね。その際に、一枚だけ焼いていない食パンを、用意してもらえませんか? 仕事で使いたいので」
アネルがニッコリと笑った。
「分かりました。ここのパンは、ガンドルンのパン屋で焼かれているっす。添加物もチャイ、入れていないから、好評ですよ」
もちろん、小麦粉とイースト菌は、海外からの輸入だが。
「よろしく頼みますね、アネルさん」
ゴパルが焼酎を飲み干して、豚チリを全て食べた。ゴパルは箸を使えない。今は軽いアルミ製のフォークとスプーンを使っている。
もう一杯飲みたそうな表情になるゴパルであったが、軽く頭を振ってアネルに顔を向けた。
「では、食事を出してください」