去勢山羊の前足肉の白ソース煮込み
ヤマが赤ワインを一口飲んでから、山羊肉を切って口に運んだ。少し怪訝そうな表情をしていたのだが、それがすぐに笑顔に変わっていく。
「おお。この味ならばレストラン料理と呼んでも差し支えないですね。トップページに写真を掲載したくなる気持ちが分かります」
ゴパルも食べてみて驚いた様子だ。
「うは。臭いは確かに山羊肉ですが、美味しいですねっ」
コックコート姿のサビーナが会議室へ顔を出した。早くもドヤ顔である。
「喜んでもらえたようね。どうよ、ネパールの去勢山羊は」
ヤマが両手を上げて降参の仕草をとった。
「驚きました。この料理そのものは伝統的なビストロ料理です。こういった伝統料理を美味しく出せる料理人は尊敬しますよ」
実は内臓を使った高級料理もある。リ・ド・ヴォーやロニョンといった部位を使った料理が代表的で、フランスの星付きレストランでも店の看板料理にしていたりする。頭の部位を使った高級料理もあるので、興味がある読者は店に相談してみると良いだろう。
ドヤ顔ながらも照れているサビーナだ。
「でもまあ、ヤマさんの指摘も正しいわね。私が美味しいと思う料理を、客が美味しいと思う保証なんて無いんだものね」
ヤマが澄ました表情で答えた。
「そういう客は、追い払えば良いだけですよ。人の好みは様々なんですから、無理して別の人の好みに付き合う必要はありません。時間の無駄になるだけです」
ゴパルがせっせと料理を食べながら同意した。
「そうですね。私も、店の料理の味が好みに合わない場合は、すぐに別の店へ行くようにしています」
サビーナが笑顔でうなずいている。
「そういう客ばかりだと、私も楽なんだけどね。まだお腹いっぱいでは無いかな? 丸鶏のキノコ詰めを予約客の四人が追加注文してるんだけど、これって六人分なのよ。食べる?」
即座に注文するヤマとゴパルであった。ニッコリと微笑むサビーナだ。
「ん。元気でよろしい。それじゃあ少し待ってて。実はもうほぼ焼きあがっていて、仕上げの段階なのよね。余った分は、まかない料理に回すつもりだったけれど良かったわ」
そう言い残して、小走りで厨房へ戻っていくサビーナであった。ヤマが少し呆れながら笑っている。
「ノリがビストロですね。ですが、丸鶏のキノコ詰めもビストロ料理なので違和感は感じません。料理が焼きあがるまでゆっくり食べましょうか、ゴパル先生」
ゴパルはせっせと食べていたのだが、その手を休めた。我に返ったようだ。
「そ……そうですね、ははは。山羊料理が美味しいので夢中で食べていました。これでは試食係として適切ではないですね」
ヤマが赤ワインを一口飲んで、バーコードハゲの頭をペチペチ叩いた。
「実は私も急いで食べていました。この会議室では給仕が忙しく出入りしていませんので、食事に集中できますね。そうでない店も多いので、こういう指導方針は歓迎しますよ、ギリラズ給仕長さん」
給仕長がニコニコしながら恐縮している。
「給仕達は、結構いっぱいいっぱいで緊張している状況ですけれどね」
ヤマとゴパルが料理を食べ終えて、赤ワインを飲んで一息ついた。その頃を見計らったように、丸鶏のキノコ詰めが運ばれてきた。
本来は客席で丸鶏を切り分けて皿に盛りつけるのだが、今回は予約の四人客とゴパル達とで別々の部屋で食べている。
そのため、皿に盛りつけた状態で新米給仕が料理を持ってきた。緊張した面持ちである。料理の名前を言って、皿とソース皿を客の前に置いた。
ここでギリラズ給仕長が一言指導を入れてきた。口調は穏やかなのだが、威厳がある印象だ。
「客の目は見ない方が良いですよ。視線というのは、気がかりに感じるものです。客の興味が料理から逸れてしまいますよ」
客の手元を見ながら、客の様子をうかがうように……と、結構無茶な注文をする給仕長である。




