ジョムソン観光
とは言われたものの、土地勘がないので、ホテルの外に出てから頭をひねるゴパルだ。
「観光マップを持ってくるべきでした。スマホで調べてみようかな。カルパナさんはどこか行きたい所がありますか?」
カルパナもゴパルと同じように、困った表情で首をかしげている。
「そうですね……ムクチナート寺院へ詣でてみたい気持ちはありますが、もう夜ですし、遠くて無理ですよね」
この寺院はヒンズー教徒やチベット仏教徒が詣でる事で有名だ。
ただしカルパナが言った通り、ジョムソンから車で一時間以上はかかる場所にある。寺院のそばには民宿もあるのだが、ジョムソンから日帰りで詣でる人が多い。寺院それ自体は小さく、白い壁を巡らせて境内を形作っている。
後からホテルの外に出てきたサマリ協会長も同意している。
「そうですね。今から行っても門が閉まっています。次回の訪問に回してはどうですか?」
素直に了解するカルパナだ。
「そうですね。また今度にします」
気持ちを切り替えたカルパナが、穏やかな笑みをゴパルに向けた。
「町を散策して時間を潰しましょうか。ゴパル先生のご家族に、アンモナイトの化石をお土産に買っていくのはどうですか?」
ネパールのヒンズー教徒の中には、アンモナイトの化石を神棚に供えたりする人も居る。しかしあいにく、スヌワール家では特に供えたりはしていないのだが、素直に申し出に乗るゴパルであった。
「そうですね。小さな化石があれば買おうかな」
ジョムソンの町は郡都なのだが、町の規模はポカラには及ばない。観光客向けの土産物を売っている通りも、レイクサイドに比べると小さい規模だ。
風景写真や仏画、仏具、チベット教徒向けの赤サンゴの玉やヒスイの玉といった宝石、金細工、お面やチベット服に付けるアクセサリー、チベット語の仏経典といった所である。アンモナイトの化石も、実はレイクサイドで売っていたりする。
(うーん……レイクサイドの土産物売り場でも見かける商品ばかりだなあ)
アンモナイトの化石は、黒いツルツルした石の中に封じられている。そのため、石を割って化石を露出させた状態の物を売っている。価値が高いとされるのは、金粉のようなモノが付いている化石だ。もちろん金ではない。
そのような高価な物は買えないので、地味で小さめのアンモナイトの化石を選んだ。化石の一部が水の作用か何かで風化しているので、かなり安いヤツだ。
ついでに橙色の岩塩も買っていく。ヒンズー教では赤紫色の岩塩が良いとされるのだが、これも妥協して安いヤツを選んでいる。それでも、かなり満足した表情のゴパルであった。
「うん。これだけ土産を買えば十分ですね」
カルパナは、琥珀を磨いてブローチに加工した物を三つ買っていた。年輪のような模様が刻まれている。
「実家や弟夫妻の家には、アンモナイトの化石や岩塩が既にありますので……これなら、アンジャナ、ラクチミ、ディーパちゃんへのお土産に良いですね」
女児三人組へのお土産だ。そういえば、最近は姿を見かけないなあと思うゴパル。聞いてみると、習い事や塾に行かされている様子である。
(子供は子供で大変だなあ……)
とりあえず、紙パック入りの紅茶も買ったゴパルであった。製造元は東ネパールのテライ地域産だ。
「一応買ってみました。風味がちょっと違うと嬉しいですね」
カルパナがうなずいた。
「私も一つ買っていきますね」
ゴパルが夕闇に沈んでいく周りの景色を見回して、軽く肩をすくめた。
「ネパールではない、どこか別の国みたいな風景ですね」
ほとんど緑がない岩山に囲まれていて、河原も石だらけの風景だ。建物もチベット様式が多い。仏旗がそこらじゅうに掲げられていて、風にはためいている。当然ながらチベット僧の姿も多く、小坊主も走り回っている。
そして南に目を転じると、岩山の向こう側に巨大な氷雪の山がそびえていた。
カルパナも見上げる。
「ニルギリ峰です。こうして見ると、ネパールって多様性に富んでいますよね」
そんなこんなで買い物を楽しんでいると七時になった。カルパナが時刻を確認してからゴパルに告げる。
「そろそろホテルのロビーへ戻りましょうか。集合時間になりました」
もう外はすっかり暗くなっていて、星が瞬き始めていた。ホテルに戻ると、二人の協会長がバスにツアー客を乗せながらゴパルとカルパナに手招きをしている。
「そろそろキャンプ地へ行きましょうか。バスへ乗ってください」




