ジョムソン
ツクチェからジョムソンまでは、川沿いの平坦な道を走ってすぐの距離だった。ゴパルは後部座席に座っていたのだが、窓の外を見て驚いている。
「山の中なのに道がまっすぐなんですね。ツクチェに来るまでは、絶壁だらけの曲がりくねった山道だったのに。川の流れも穏やかだなあ」
助手席に座っているカルパナは、さすがに何度か来ているようで落ち着いている。
マハビル社長が車を運転しながら、ご機嫌な表情で笑った。
「交易民の町をつくるには格好の場所でしょ。この先、チベットへ向かう道も、ポカラへ下りる道もどちらも険しいですからね。旅人や商隊がゆっくり休むには良い場所なんですよ」
素直に聞いているゴパルとカルパナに、少しいたずらっぽい表情をした。
「ですが、住みやすさでは私の故郷のシーカが上ですけれどね。ジャガイモが美味いんですよ」
マハビル社長はプン族だ。シャウリバザールの茶店オヤジと同じ民である。
シーカはジョムソン街道に近い高地の集落で農業が盛んだ。標高がガンドルンとほぼ同じ標高なので、温帯野菜や作物ができる。
北向きの土地なのだが、傾斜が緩やかなので日当たりもそれなりに良い。特筆すべき点は、アンナプルナ主峰からの雪解け水が豊富に流れている事だろう。そのため、干ばつの心配が無い。
ちなみに、マハビル社長が運転している車は日本製のオフロード車だ。
この車種はインドで人気で、軍が採用した事もある。今はガソリン車ではなくて電気自動車に切り替わっているが。このオフロード車はガソリン車なので旧式だ。
「部品不足が深刻になってきていまして、そろそろ電気自動車版に乗り換えないといけなくなりそうですよ。電気事情が悪いので困りものなんですけれどね」
ゴパルは運転免許を持っているのだが、滅多に車を運転しないので普通に聞き流しているようだ。一方のカルパナは、マハビル社長に同意してうなずいている。
「そうですね。私もバイクを使っていますが、部品不足で大変です」
ジョムソンに到着すると、一気に観光客の数が増えた。町も大きくて民宿の他にホテルや病院もあるムスタン郡の郡都だ。飛行場もあり、一機のプロペラ機が停まっていた。他にはヘリコプターも見える。しかし周囲は一面の岩砂漠で、ツクチェ以上に緑が少ない。
待ち合わせ場所は三階建てのホテルのロビーだった。ホテルの前にはバスが何台も停まっていて、タクシーや小型四駆便、それにバイク便まで揃っている。
ホテルの外観と内装はチベット様式になっているので、ゴパルとカルパナから見ても異国情緒あふれる雰囲気だ。
ロビー内では既に不眠症ツアー客が寛いでいて、その中に二人の協会長の姿があった。マハビル社長が手を振って挨拶する。
「やあ、ラビン協会長さん。サマリ協会長も来てるのかい。ゴパル先生とカルパナさんを連れてきたよ。後はよろしく頼む」
ラビン協会長が穏やかな笑顔で答えた。
「定刻前に到着してくれて助かります。さすが酒造所の社長ですね」
サマリ協会長もニコニコしている。
「ツクチェの視察が無事に終わったようで良かったです。ご苦労さまでした、マハビル社長さん」
マハビル社長が満足そうな笑みを浮かべた。
「有意義な時でしたよ。ゴパル先生、カルパナさん、またツクチェに来てくださいね。それじゃあ、私はこれでツクチェに戻ります」
そう言って、颯爽と去っていった。
サマリ協会がゴパルとカルパナに、改めて合掌して挨拶をした。彼も登山服を着ている。
「ようこそジョムソンへ。今回のツアーは興味深いですね。私も参加する事にしました」
ゴパルが挨拶を返して恐縮する。
(話が大きくなってきているような……)
マハビル社長を見送ったゴパルとカルパナに、ラビン協会長が告げた。
「八時にここを出て、キャンプ地に向かいます。それまでジョムソン観光でもしていてください」




