ティラミスづくり その二
そのような説明をドアの外からレカがゴパルにしていると、レストランからサビーナが戻って来た。耐熱ガラス製のボウルにエスプレッソを入れている。
「何やってるのよ、レカっち。アレはただのゴパル山羊でしょ」
サビーナが会議室に入ったので、後に続いてコソコソ従うレカだ。
ゴパルが何か気の利いたセリフを言って、レカを励まそうと考えたのだが……結局思いつかなかったようである。あうあう呻いているばかりだ。代わりに、レカがゴパルにローキックを一発放ってジト目になった。
「ら、来月からは本気出すからー。実際もう平気だしーっ」
反論やツッコミはせずに、素直にローキックを浴びるゴパルであった。
「期待してますね」
サビーナがクスクス笑いながら、耐熱ガラス製のボウルに砂糖を加えてホイッパーで混ぜた。
「まだ少し熱いけど、仕上げにかかるわね」
エスプレッソが入っている耐熱ガラス製のボウルに、先程焼いたクッキーを入れて浸した。十分にエスプレッソを吸ったら取り出して、ティラミス用のガラス製の型枠の底に押し込んで敷いていく。その上にクリームチーズ生地を厚く塗る。
「これで型枠の半分まで詰めて、もう一回繰り返す」
ガラス製の型枠いっぱいに詰め終わった後で、最後にココアパウダーをたっぷりと振りかけた。型枠ごとラップをかける。
「後は冷蔵庫に入れて冷やせば完成」
サビーナがゴパルとレカを見つめてから、申し訳なさそうに笑った。
「ごめーん。試食用のティラミスを作るの忘れてたわ。あはは。という訳で撮影はここまでね。はい解散」
ええええ~……
この時ばかりは意気投合して、声を合わせて文句を垂れるレカとゴパルであった。
サビーナがラップに包んだままの、出来立てティラミスを指さして口元を緩める。
「生温かいので良ければ、ここにあるけどね。食べる? 味は保証するわよ」
レカが迷いのない動きで両手を広げて、生温かいティラミスに覆いかぶさった。
「うちに持って帰って食べるー! 完成品の写真も撮らないといけないしー! ゴパル山羊はあっち行けー」
両手を上げて降参するゴパルである。
「一個しか作っていませんしね。仕方がありません。良い写真を撮ってください」
サビーナが肩をすくめて微笑んだ。
「生地はたくさんあるけれどね。味見だけでもしていく?」
即答するゴパルだ。
「はい、喜んで!」
味見用の小皿に使い捨てスプーンを使ってクリームチーズ生地を乗せ、そのまま口にする。ゴパルとレカの目が共にキラキラ輝き始めた。
「美味しいですね。さすがですサビーナさん」
「うーまーいー。さすがサビっち」
ドヤ顔で胸を張るサビーナだ。
「当然でしょ」
ゴパルがあっという間に小皿を平らげた。
「甘さもちょうど良いですね。この洋菓子ですが、お酒とも合いますか?」
サビーナが軽いジト目になってゴパルを見据えた。口元はかなり緩んでいるようだが。
「まったく、この酒飲み階級は。そうね……赤ワインを使っているから、甘口の赤ワインとなら相性が良いと思うわよ。でもエスプレッソを使っているから、あたしは酒じゃなくてコーヒーかな」
余談として、サビーナが最近のティラミスの流行を話してくれた。
エスプレッソやココアパウダーを使わないで作る店もあるようだ。イチゴジャムをマスカルポーネチーズに混ぜて、ココアパウダーの代わりに赤い乾燥グミのパウダーをまぶした種類もあるらしい。
「真っ赤っかなティラミスになるけれどね。派手な色合いだから人気があるのよ」
他にはピスタチオを使って緑色にしたモノや、バナナとココナツを使ったトロピカルなモノ、クッキーの代わりに果物のムースを使う店もあるという事だった。
サビーナが軽く肩をすくめて笑った。
「あたしは菓子職人じゃないから、そこまで凝らないけれどね。生地が余ったから、手下にティラミスを作らせるか。朝食で出しましょ。明日の朝、ゴパル君の部屋に一個届けるように命令を出しておくわね」
ニッコリと笑うゴパルだ。
「よろしくお願いします。明日の朝は早起きして部屋で待っていますね」
翌朝、ゴパルがニコニコしながら部屋でミルクコーヒーとティラミスを食べていた。
窓の外に目を向けると、朝焼けに輝いているアンナプルナ連峰とマチャプチャレ峰が望める。サビーナの言に従って、今朝はチヤではなかった。
「さて、ロビーに下りて朝ご飯を食べるかな。ABCへ早く戻らないと、また文句を言われそうだし」




