ティラミスづくり その一
ティラミスはイタリアの菓子で『私を引っ張り上げて元気にさせてよ』みたいな意味を含む。
本来のティラミスでは、イタリア産のサヴォイアルディのようなクッキーを砕いて使う。しかし、ポカラには売っていないので自力でクッキーを焼く事にしたようである。
他に欠かせない材料としては、イタリアのシチリア産のマルサラ酒というブランデーを加えた赤ワインがある。酒精強化ワインと呼ばれるもので、別名マルサラワインとも呼ばれている。
これもネパールでは売っていない。そのため、バクタプール酒造で作っているマールと呼ばれるブランデーを加えた赤ワインで代用している。
コーヒー豆はエスプレッソ用のものを使う。このコーヒー豆はシャンジャ産だとサビーナが説明してくれた。
いつもの会議室で実演を始め、レカが撮影を始める。ゴパルはレカやサビーナの助手の役目をする事になった。
「それじゃあ、始めるか」
作り方は以下のような流れになる。まずはクッキーを焼く。
ボウルに卵白を入れて、ハンドミキサーを使って泡立てる。その途中で砂糖を入れる。卵白が泡立ち、角が立つようになってきたら卵黄を二、三個加えてさらにかき混ぜる。
混ざったら、振るった汎用小麦粉を加えて、ゴムベラを使って切るような動きで混ぜる。
混ぜ終わったら絞り出し袋に詰めて、オーブン用の天板に敷いたオーブンペーパーの上に絞り出していく。六センチほどの長さにしているようだ。その後、上から粉砂糖を振りかける。これを百八十度に熱したオーブンに入れて十五分間焼く。
焼き上がれば細長いクッキーの完成だ。バターを使っていないので、折ると乾いた音がして粉がパッと散る。
次にクリームチーズ生地を作る。ボウルに卵黄と砂糖を入れて、ホイッパーで混ぜてから代用マルサラ酒と白ワインを加える。これを湯煎にかけてホイッパーで勢いよく混ぜる。
「イタリアでは、子供が風邪をひいた時に飲ませたりするわね。ん。こんな感じかな」
サビーナがボウルの中身を濾してから、別のボウルに移した。
元のボウルを水洗いしてからマスカルポーネチーズの塊を入れる。これをゴムベラを使って練ってから、ホイッパーに持ち替えた。それを使ってかき混ぜながら、生クリームを数回に分けて加えていく。
「このフレッシュチーズは乳脂肪分が八十%くらいね。レカっちの所で作ってる」
レカが撮影を続けながらドヤ顔になった。
「このチーズは甘くて好きー」
ちなみに生クリームもリテパニ酪農産だ。
次に、先程の代用マルサラ酒入りの卵液を加えて混ぜた。サビーナが混ぜ作業を続けながら、カメラに視線を向ける。
「卵液を加えると固まりやすくなるのよ。だから手早くしっかりと混ぜる事。ん。こんなものね」
よく混ざって滑らかになっている。
元のボウルを再び水洗いして、今度は卵白と砂糖を入れてホイッパーを使って混ぜ始めた。少し経つと白く泡立ってクリーム状になってくる。これを最後に加えて混ぜた。
「ほい。これでクリームチーズ生地の出来上がり。次はエスプレッソを淹れるわね」
ここでサビーナが少し考えて、レカに聞いた。
「レカっち。レストランにあるエスプレッソマシンを使おうか。それとも家庭用の携帯ポットにしようか。どっちが良いと思う?」
レカも少しの間考えて、首を否定的に振りながら答えた。
「携帯ポットを使うとー、その商品の宣伝になっちゃうかなー。ホテル協会公認のポットとかー、推奨の携帯ポットとかー、無いでしょ」
サビーナが素直にうなずいた。
「無いわね。それじゃあ、レストランのマシンを使うかな。ちょっと待ってて」
そう言い残して、サビーナが会議室からレストランへ戻っていった。
見送ったゴパルが小首をかしげて、レカに聞いた。
「レカさん。携帯ポットってどういう物ですか?」
レカがドヤ顔でゴパルに説明を始めようとして……顔が青くなった。
「ぐぎゃぎゃ……二人っきりだー」
脱兎のようにダッシュで会議室から逃げ出してしまった。両目を閉じて頭をかくゴパルである。
「まだ慣れませんか……」
それでもドアにしがみつきながら、会議室の外に立って説明を始めたレカであった。
「は……ははーん、だ! この距離なら平気だしー!」
ゴパルがレカを刺激しないように大人しくする。
(最初にピザ屋で会った時には、私の隣に立っても何ともない様子だったんだけどなあ……知り合いになると厳しくなるのか?)
さて、家庭用の携帯ポットだが原理は簡単だ。
まず底が網状になっている皿に、エスプレッソ用の細かいコーヒー粉を詰める。ポットに湯を注いで、その水面の上にこの網皿を乗せる。フタを閉じて、強火で一気に湯を沸騰させて、その蒸気でコーヒーを淹れる方式だ。
ただし、蒸気と一緒にエスプレッソを注ぐ事になるので飛び散りやすい。火傷には注意した方が良いだろう。
なお、ポットのフタはエスプレッソをカップに注ぎ終わるまで開けない。せっかくの香りが逃げてしまうのを防ぐためだ。




