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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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野外キャンプの誘い

 ワインを飲みながらチーズ談義を楽しんでいると、協会長がやって来た。今まで外出していた様子で、スーツ姿ではなく白の長袖シャツに黒ネクタイの姿だ。

 ゴパルが店内を見回すと、他の一般客が数組ほど食事を楽しんでいるのが見えた。新米給仕がしっかりと客に対応している。

 まず協会長がヤマに穏やかな声で報告した。

「シャンジャ郡のワリンの町ですが、警察が介入したおかげで騒ぎが落ち着いたそうです。強制帰国になったサキ様の荷物で残っている物は、警察が確保して届けるそうですよ」

 ほっとするヤマだ。協会長に日本式で頭を下げて感謝した。

「わざわざ調べてくれたのですね、ありがとうございます。サキ君の荷物は、もう残っていないと思っていましたよ。少しでも残っていれば、首都の援助隊本部に届けてあげてください」

 そう言ってから肩をすくめる。

「私の車があの惨状ですので、受け取りに行けないのが残念です」


 サキの話題はここまでにしたようだ。別の話題に切り替える協会長である。給仕長から水が注がれたグラスを受け取って、一息ついた。今度はゴパルに穏やかな視線を向ける。

「来週なのですが、不眠症で悩んでいる方を対象にした野外キャンプを、ジョムソン近郊で行う事が決まりました。ゴパル先生が提案してくれたおかげです」

 首をかしげるゴパルだ。

「へ? そんな事を言いましたっけ?」

 ニコニコして素直にうなずく協会長である。アバヤ医師がニヤニヤ笑いながらゴパルに小声で告げた。

「ゴパル君。口は災いの元だぞ。言動には注意しないとな、くっくっく」

 ゴパルが頭をかいて了解する。

「ですね……気をつけます」


 協会長が少し弾んだ声でゴパルに聞いた。

「参加者は内定済みなのですが、まだ若干名の空席があります。どうですか? ゴパル先生。良い息抜きになると思いますよ。この時期のジョムソン近郊の夜空は絶景です」

 地元の人である協会長がそう言うのだから、本当なのだろう。真面目に思案するゴパルだ。

「そうですね……低温蔵やポカラでの仕事の都合がつけば参加してみたいですね。アンナプルナ連峰の北側って、まだ行った事がないんですよ」

 ここで我に返った。

「でも、急な仕事が入ってドタキャンになる恐れもあります。それでも良ければの話になりますが……」

 クシュ教授やカマル社長の顔が頭をよぎっていく。

 気楽な表情で了解する協会長だ。

「分かりました。では、内定という事にしておきましょう」


 ヤマが話を聞いて小首をかしげた。

「野外キャンプと不眠症ですか……」

 アバヤ医師がニヤニヤ笑いながら答えてくれた。

「不眠症というよりは、運動不足や深夜までスマホゲームやチャットをする連中向けの企画だな。不規則な生活習慣と夜更かしのし過ぎで、眠りが浅くなっている人が増えているんだよ」

 つまり、周辺に人家の灯りが無い場所で、スマホ等を持たずにキャンプするという企画だ。日没と共に眠り、夜明けと共に起きるという事を強制的に実行する。

 ヤマが興味を抱いたようだ。

「なるほど。私が日本からポカラへ戻ってくる頃には、気が滅入っているはずですから、そのキャンプに参加してみたいですね」

 しかし、日程を確認して残念そうにため息をついた。

「むむむ……その頃は日本で頭を下げ回っていますね。次回キャンプがあれば、それに予約しておきます」


 明日は早朝の飛行便でヤマが首都へ飛ぶので、試食会はここで終了となった。厨房から顔を出したサビーナにも礼を述べて感謝するヤマだ。

「今晩は本当にありがとうございました。これで何とかポカラへ戻ってくる気力が出そうですよ」

 ニコニコしながら肯定的に首を振るサビーナである。

「そう。良かったわ。ヤマっちの両肩にはポカラの水道水の安全がかかってるから、さっさと戻ってきなさい」

 確かに、水を大量に使うレストランにとっては水道は重大事である。


 ネパール式に合掌して挨拶をしたヤマがタクシーに乗ってホテルを去っていく。それを見送ったサビーナが軽く背伸びをした。

「んー……この後でティラミスの実演をするから、それにも参加してもらいたかったんだけどね。明日の朝一番で発つから仕方がないか」

 そして、同じようにヤマを見送っていたゴパルと、ロビーのソファーでぐったりしているレカに声をかけた。

「ほら。次の撮影を始めるわよ」

 最後にアバヤ医師にも声をかえた。彼もまたタクシーに乗り込んだ所だ。

「今晩はありがとね。アバヤ先生も明日は仕事なのかしら」

 アバヤ医師がジト目になった。

「ワシはこれでも医者だぞ。明日は朝からカンニャ大学前の喫茶店で、女子大生どもを眺める重要な仕事が待っておるわい」

 サビーナがタクシーの窓ガラスをコツンと叩いた。

「このエロジジイは……試食会でせっかく株を上げたのに、それを地面に叩きつけて帰るのね。運転手さん、この爺さんが寄り道しないように、まっすぐに家に直行してね」

 タクシーの運転手が軍隊式の敬礼をして応えた。よく見るとマガール族のような顔立ちだ。

「ハワス。サビーナ・タパ様の仰せのままに」


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