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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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ヤマの災難

 協会長が収集した情報によると、どうやら以下のような事が起きたらしい。

 ワリンの町はポカラほどではないが大きく、小学校もいくつかある。その一つに赴任したサキという日本人の支援隊員が、算数教師として数か月間ほど教えていたらしい。二十代の男で、真面目な仕事ぶりに同僚教師や保護者からの評判も良かったそうだ。


「事件が起きたのは今朝でした。サキ氏が借りている部屋から教え子の小学生の女子が出てくるのを、町内の人が見かけたのです。その後、大騒ぎになりサキ氏に危害が及びかねない事態になりました」

 協会長が淡々と話していく。

 サキはワリンの町から逃げて、ポカラ方面とは逆のブトワル方面の道にあるプラガティナガルという小さな町に潜伏したそうだ。その民宿から、首都の支援隊事務所本部に電話をかけて救助を求めた。

「ですが、首都からワリンまでは車で飛ばしても四時間半はかかります。そのため、ワリンの警察に彼を保護してもらうように要請しています」


 普通であれば、後は警察に任せて取り調べをしてもらい、後日に支援隊事務所長がサキの身柄を受け取りに赴く流れになる。

 しかし、怒り狂った女子生徒の親や親戚達が警察署を襲撃したために、彼を首都へ緊急避難させる事態になった。

 協会長が淡々と話しながら、軽く肩をすくめた。

「運悪くその日はポカラに車を持っている日本人が居なかったそうなんですよ。まあ……暴動が起きている現場に行くような奇特な人が居なかった……といった方が正確でしょうか」

 ポカラには結構多くの日本人が住んでいて、車を有している。今日に限って皆がポカラに居なかった、という事は考えにくい。


 ゴパルがヤマの車の傷を思い出して肯定的に首を振った。

「車があんな風にされると予想したのでしょうね。警官でも軍人でもない一般人ですから、当然の反応だと思いますよ。それで結局、ヤマさんに救出任務の依頼というか命令みたいなものが下ったのですね」

 協会長が気の毒そうな表情で肯定した。

「はい。ダムサイドには支援隊のポカラ事務所もあるのですが、所長は首都に居るそうでして」

 ワリン警察が指定したプラガティナガル町の茶店にヤマが車で向かい、そこでサキの身柄を預かったという事だった。

 しかし、これを暴徒に見られてしまい襲撃を受けてしまった。そのせいでヤマのオフロード車がボロボロにされたという、これまでの流れだ。


 ゴパルが少し感心している。

「ワリンとプラガティナガルの町って、結構離れているのでしょ? よく暴徒が追いつきましたね」

 協会長が苦笑した。

「警察から情報が漏れたのでしょうね。現に私もこうして情報を得ていますし。それと、マガール族は結束が強いんですよ。一族の者に危害が加えられたら黙っていません」

 そういえば、パン工房の工房長や従業員にはマガール族が多かったっけ……と思い出すゴパルだ。パン作りの様子を見た事はないのだが、食べたパンの品質にはバラツキが無かった。


 男スタッフが気を利かせてゴパルにチヤを用意し始めたので、話をここで区切る事にした。

「朝から大変な事が起きたんですね。ラビン協会長さんも一息ついてください。私も汗を流してきますよ」

 協会長が軽く肩をすくめながら、穏やかに微笑んだ。

「そうですね。とりあえず暴徒がここまで来る気配は無さそうですので、私も通常業務に戻るとしますよ」


 ゴパルが部屋で少し休んでからロビーに下りると、ヤマが疲労困憊ひろうこんぱいの様子でソファーに座っている姿が見えた。バーコード頭の髪もヘロヘロになっている。

 ヤマに出していた紅茶を新しく入れ替えた協会長が、ゴパルに目くばせをした。軽く首を振って了解するゴパルだ。ヤマが座っているソファーの向かいに座る。

「朝から大変だったようですね。車も大変な事になってしまったようで、お見舞い申し上げます、ヤマさん」

 ヤマが頭を上げて、力なく微笑んだ。

「本当に大変でしたよ、ははは……」

 ヤマによると、サキを飛行機に乗せて首都まで送ったという事だった。

「彼の言い分では、女子生徒に手を出してはいないそうですが……ワリンが暴徒であふれていますから、職場復帰はもう考えられないでしょうね。ネパールの警察や司法当局が認めれば、このまま日本へ強制帰国になると思います」


 協会長がゴパルにもチヤを渡して、小さくため息をついた。

「真相は分かりませんが……あのワリンの小学校、校長の座を巡って政党関係者が争っていますね。何かにサキ様が巻き込まれたのかも知れません」

 そう言ってからロビーの外に視線を投げた。

「ヤマ様の車ですが……ポカラで修理をするのでしたら、知り合いのアンバル運送に頼んでみましょうか。安くしてもらえるはずです」

 感謝するヤマだ。

「ありがとうございます。それでは、そのようにお願いします。あの状態では、首都まで走っている間に検問で何度も引っかかりそうですし」


 その時、ヤマのスマホに電話がかかってきた。協会長とゴパルに断ってから電話に出るヤマだ。その表情があっという間に曇っていく。電話はすぐに終わったのだが、深い深いため息をついた。

「はあ……私も今回の報告のために日本へ一時帰国する事になりました。仕事が溜まっているんだけどなあ、もう」

 同情する協会長とゴパルだ。さらにはレストランからサビーナまで顔を出してきた。

「お気の毒過ぎるわね。今晩の夕食をおごってあげるから、あたしのレストランに来なさい。リテパニ酪農産のシェーブルもあるわよ。改良版で美味しくなってるわ」

 ゴパルがサビーナにお願いした。

「もう新作シェーブルを作ったのですか。気合が入っていますね。私も味見して構いませんか?」

 サビーナがニッコリと笑った。

「もちろんよ。味見して報告する仕事があるんでしょ。ヤマっちはタダだけど、ゴパル君は割引料金で出してあげるわね」

 両目を閉じて了解するゴパルだ。

「ハワス、サビーナさん」 

挿絵(By みてみん)

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