廃菌床の再利用
食事と酒の後で、居酒屋の倉庫の中で栽培されているヒラタケを確認するゴパルだ。スマホで撮影をしてから、居酒屋のオヤジを褒めた。
「良い管理状態ですね。ネズミや虫にトカゲが侵入していないのは立派です」
照れている居酒屋のオヤジだ。他の客も寄って来て倉庫の中のヒラタケを興味深く眺めている。
ゴパルが真面目な表情になって、一応忠告した。
「キノコ栽培は連作障害が起こりやすいんですよ。次回作は別の場所で行ってくださいね」
素直に了解する居酒屋のオヤジだ。
「おう。知り合いの空き倉庫がある。そこでやるつもりだぜ」
そのまま、次の飲み会になりそうな雰囲気になったので、慌てて逃げ出すゴパルであった。
酔っぱらいながらも、何とかポカラ行きの小型四駆便に乗り込んだゴパルが、ポカラに到着した。
タクシーでダムサイドにある常宿のルネサンスホテルに向かい、受付けカウンターでチェックインを済ませた。いつも通りに男スタッフから手紙や小包等を受け取り、ついでにチヤも出たので飲む。礼を述べてチップを渡すゴパルだ。
そこへ協会長が顔を出した。
「いらっしゃい、ゴパル先生。ABCとは結構大きな気温差でしょう、暑気当たりに気をつけてくださいね」
ゴパルが頭をかいて答えた。
「ナヤプルで酒を飲んでしまいまして……酔っているのか暑気当たりなのか自分でもよく分かりません」
協会長が穏やかに微笑みながらも忠告した。
「ゴパル先生には、色々とニックネームがありますからね。これ以上は増やさない方が良いと思いますよ」
両目を閉じて同意するゴパルだ。
「ですよね。気をつけます」
そこへカルパナがバイクで到着してロビーに入って来た。ヘルメットを脱いで、ゴパルと協会長に合掌して挨拶をする。
「こんにちは、ゴパル先生。迎えに来ました。前回は忙しくてすいません」
ゴパルが急いでチヤを飲み干して答えた。
「ちょっと待っててくださいね。荷物だけ部屋に置いてきます」
パメのカルパナ種苗店へバイクで到着すると、スバシュとビシュヌ番頭が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ゴパル先生。ナヤプルで飲んできたそうですね」
「お酒はほどほどに留めた方が良いですよ、ゴパル先生」
やっぱりもう知られていたか……と思うゴパルだ。
「すいません、酒飲み階級なもので」
カルパナがバイクを駐輪場に停めてから、クスクス笑いながら戻って来た。
「足元が少しフラフラしているかな。ディワシュさんとサンディプさんには、ちょっときつく言っておきますね」
心の中で合掌するゴパルだ。
(すまん、ディワシュさん、サンディプさん)
カルパナがまだクスクス笑いながら、段々畑の一角を指さした。
「朝方にエリンギの廃菌床をあの畑に戻しました。ラメシュ先生の指示通りに埋めましたが、これで良いのかどうか確認してください」
段々畑は斜面の上の方にあるので、種苗店からではよく見えなかった。素直に了解するゴパルである。
「はい、分かりました。見に行きましょう」
カルパナとスバシュに案内されて段々畑を少し上っていくと、小さめの簡易ハウスに到着した。その中へ入る。
簡易ハウスの中には何も植えられておらず、地面が耕されているだけだ。その土を軽く掘ってから、ゴパルがポケットからスマホを取り出して撮影を始めた。
「うん。廃菌床がよく土と混じり合っていますね。これで十分ですよ」
これはラメシュが提案したエリンギ廃菌床の再利用方法だ。袋は生分解性プラスチック製なので取り除かずにそのまま使う。
この廃菌床を畑の土と混和して二センチくらいの厚さで土を被せる。土が過湿や過乾燥にならないように、KL培養液の千倍希釈液を散布してエリンギの再発生を促すのが目的だ。
土と混ぜたのが今朝なので何の変化も生じていないのだが、とりあえず撮影するゴパルである。
「ラメシュ君の予想では、五日後くらいからエリンギが生えてくるはずです。その品質と発生量を見て、商業利用できそうかどうか判断してみてください」
素直に同意するカルパナとスバシュだ。スバシュが穏やかな笑みを浮かべながらゴパルに告げた。
「商業利用できなくても、次回の麦芽種菌の材料に使えますよ。野生種なので、こういった畑で育ったキノコを使った方が良いと思います」
なるほど一理ある、とうなずくゴパルだ。
「クシュ教授によると、バングラデシュのキノコ種苗会社がこの野生種を商品化する計画だそうです。その場合、できれば麦芽種菌を少し定期購入してもらえると助かります」
カルパナが軽く肯定的に首を振って了解した。
「もちろんそうしますよ。バングラデシュ産とポカラ産の麦芽種菌を混ぜて使う事にしましょう」
スバシュが軽く肩をすくめてゴパルに話しかけた。
「でも、エリンギって胞子が大量に出るんですね。倉庫の消毒殺菌と掃除が結構大変でした。次回からは三階を使うので掃除も楽になりますよ、ははは」
ゴパルが頭をかいて口元を緩めた。
「そうでしたか。ラメシュ君とクシュ教授に言っておきます。掃除って面倒ですよね」
キノコ栽培では基本的に収穫後の施設内消毒と殺菌が不可欠だ。それが不十分だと連作障害が発生しやすくなる。
続いて小麦とタマネギ、ニンニク畑を見て回り、ミカン園の様子を撮影した。
最後にカルパナが案内したのはズッキーニの畑だった。ちょうどケシャブ達が苗を畑に植える定植作業をしていたので、合掌して挨拶を交わす。
「本葉が四枚になりましたので、こうして定植しています。乾期ですので、この後は刈り草で畝を覆って、KL培養液の千倍希釈液を散水する予定ですよ」
ズッキーニは元々乾燥した場所を好む野菜なのだが、乾期なのでこうしているのだろう。苗を定植している畝は、幅が一メートルで高さ二十センチと立派なものだ。ここの中央に、九十センチ間隔で深さ三十センチの穴を掘る。一つの畝に一列に苗を植える方式だ。
定植作業を撮影しながらゴパルがつぶやいた。
「ズッキーニって大きく育ちますからねえ……このくらい離して植えないと、互いの葉が重なり合ってしまうんですよね」
カルパナが微笑んだ。
「そうですね。鋭いトゲも生えていますから、このくらい離した方が作業でケガをする事故を減らせます」
スバシュが自身のスマホ画面を見て、申し訳なさそうにゴパルに告げた。
「そろそろ店へ戻りましょう。ビシュヌ番頭さん一人では大変な時間帯になります」
種苗店に戻ると、やはり大勢の買い物客で混雑し始めていた。早速スバシュがビシュヌ番頭の手伝いを始める。が、ビシュヌ番頭の表情が険しいままだ。
「ゴパル先生、カルパナ様。シャンジャ郡で事件が起きたそうです。日本人の支援隊の男の方が犯人という噂ですよ」
思わず顔を見合わせるゴパルとカルパナだ。
「え?」




