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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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雑談は続くよ

 そんな話をしていると、カルパナ達のテーブルでは食事会が終わったようである。

 九人の参加者達が席から立ち上がって、カルパナと給仕長に感謝の言葉を伝えてロビーに向かって店を出ていった。食事に満足している様子で、実に和気あいあいの雰囲気だ。

 その様子を見送ったゴパルが軽く背を丸めた。

(学会の懇親会とは違って、本当に平和的だなあ。いいなあ)


 カルパナがゴパル達三人のテーブルへヨロヨロしながらやって来て、大きく安堵のため息をついた。

「ひええ……やっと終わりましたあ……」

 そのままレカにイスの背ごと抱きつく。レカはチーズを食べ終えて今はプリンを食べていたのだが、危うくスプーンを落としそうになった。

「ぐぎゃぎゃ……ちょ、ちょっとカルちゃん。プリン食わせろー」

 給仕長が気を利かせて、カルパナのためにイスを持ってきてくれた。礼を述べてそれに座るカルパナだ。そのままテーブルに突っ伏してしまった。

「疲れたあー……」

 ゴパルが急いで果物盛り合わせを完食して、カルパナを労わった。

「本当にお疲れさまでした、カルパナさん。何か飲み物でも注文しますか?」

 のそのそと起き上がって顔を上げたカルパナが、素直にうなずいた。

「そうします。甘いミルクティーを一つお願いします、ギリラズ給仕長さん」

 給仕長が柔和な笑みを浮かべて丁寧に答えた。

「かしこまりました」


 すぐにミルクティーが運ばれてきて、それを大人しくすすっているカルパナだ。

 続いてコックコート姿のサビーナが厨房から出てきた。カルパナを見て同情の微笑みを浮かべている。

「ヘロヘロになってるわね、カルちゃん。お疲れさま」


 アバヤ医師がメモ帳を取り出して、書いた内容を見ながらサビーナに今回の料理の感想を述べ始めた。サビーナも真面目な表情になって聞く。

「二品の魚料理だが、どちらも材料ごとに火の通し方を変えていたのは評価が高いな。今回も新米のシェフが担当したのかね?」

 サビーナがニッコリと笑ってうなずいた。

「今回は皿数が多かったから、あたしも手伝ったけれどね。火入れの加減が前よりも良くなってきているかな。手下が育ってくると、あたしも野生キノコ料理に真剣に取り組む時間が取れるのよ。助かるわね、とっても」


 カルパナがミルクティーをすすりながら、サビーナに提案した。

「そうだ。さっきの食事会で参加者の何人もが言ってたんだけどね、菜食主義者向けの料理も開拓した方が良いかも。それとハラル認証の料理とか」

 インド圏や欧米では菜食主義者が多い。ただ、インド圏では乳製品は摂るという人が多いが。ハラル認証とは、イスラム教徒向けの食事を指す。

 サビーナが面倒臭そうな顔をして腕組みをした。

「分かってはいるんだけどね。実際にやるとなると難しいのよ。専用のレストランを建てた方が良いかもね」

 ちなみに今回参加したパキスタン人は、豚も酒も大丈夫な人だ。食べた後でお祈りすれば問題ないというタイプである。実は隠れ仏教徒という噂もあるようだが。


 次にサビーナがレカに顔を向けた。ややジト目になっている。レカは撮影機材を回収して運びやすいようにしている最中だった。

「レカっち。あのシェーブルの出来は何なの。あれじゃあ臭くて出来の悪いモッツァレラチーズだぞ」

 今度はレカが面倒臭そうな顔をしたので、慌ててゴパルが弁解した。

「KLのせいかもしれないんですよ。対処策を考えますから、しばらく猶予をください」

 ゴパルが簡単に説明して、サビーナが腕組みをして考え込んだ。

「そんな事が起きるのか。菌って侮れないわね」

 ゴパルが深く同意した。

「まったくその通りでございます」


 その後は、再びアバヤ医師がメモ帳を見ながら料理の感想を最後まで述べて終わった。素直に礼を述べるサビーナだ。

「詳しい批評ありがとね、アバヤ先生。他に気になった事とかある?」

 アバヤ医師が少し考えてから口を開いた。

「そうだな……とある家へ往診で行ったんだが、あるレストランでは厨房から罵声と物音がよく聞こえて耳障りだと聞いた。もう二度と行かないとか言ってて、なだめるのに苦労したよ」

 そのレストランの名前とシェフの姿を、メモ帳に記してサビーナに手渡した。

 サビーナがその紙を見て、ため息をつく。

「あー……あのレストランね。あたしの耳にも時々悪評が届くのよ。何度も指導しているんだけど、やっぱりダメか。分かったわ。ラビン協会長さんにクビにするように言っておくから安心して」

 ゴパルが小首をかしげた。

「サビーナさんが怒って指導しても、直さないんですか。相当根性が据わっているシェフなんですね」

 サビーナが無言でゴパルの背中を叩いた。やはり咳き込むゴパルだ。

「軍隊じゃないのよ。多少のわがままはシェフの個性として尊重するし」

 ため息をつく。

「でも、客にまで知られてしまったら、もうそれはホテル協会全体の評判にまで及んでしまうのよね。客は料理と会話を楽しみに来るの。厨房のケンカを見に来るわけではないのよ」


 有機農業団体の参加者達は既にレイクサイドへ繰り出した後だった。前回、アバヤ医師が紹介した店を自力で回るのだろう。そのためアバヤ医師は案内役をせずに、そのままタクシーで家へ帰る事にしたようだ。

「シェーブルは残念だったが、まあ、ヤマ君を悔しがらせる程度のネタは得たから良しとするか。それでは、ゴパル君また会おう」

 タクシーを見送ったゴパルに、カルパナが声をかけた。

「ゴパル先生。これからバーで一杯飲むのですが、いかがですか?」

 ゴパルが頭をかいて遠慮した。

「すいません。クシュ教授宛に報告を上げないといけなくて。彼が寝るまでに済ませないと明日怒られてしまうんですよ」

 どうやらクシュ教授は夜早めに寝るタイプの人のようだ。残念そうに首を振ったカルパナが微笑んだ。

「では仕方ありませんね。私達は一時間ほど飲んでいますので、それまでに報告が済みましたら来てくださいな」

 ゴパルが両目を閉じて小さく呻いた。

「クシュ教授の説教が早く終わるように祈っていてください」


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