食事が終わって
新米の給仕達が仕事を覚えてきているようで、食事会は滞りなく進んだ。
カルパナも前回ほどには緊張していない様子である。時々、ゴパルとレカに軽く手を振ってニコニコしているくらいの余裕があるようだ。
肉料理を終えてゴパルが満足そうな表情で赤ワインを口にした。もちろんバクタプール酒造産である。
「さすがサビーナさんですね。本当に美味しかったです」
アバヤ医師が含み笑いを浮かべながら、同じように肉料理を平らげた。
「もう少し表現力を育てた方がよいぞ、ゴパル君」
そう言ってから、ポケットからメモ帳を取り出して何やら記し始める。ゴパルがのぞき込むと料理の評価だった。感心するゴパルである。
「凄いですね。レストランの批評家みたいですよ」
アバヤ医師がスラスラとペンを走らせながら、ほとんどつながっている一本の細い眉を交互に上下させた。
「ワシも割引料金で食べておるからな。このくらいのサービスはするさ。さて、この後はチーズと菓子の順番になるんだが……海外勢は菓子だけを食べるようだな」
参加者達が給仕長に菓子を注文しているのを見て、レカがジト目になった。
「くそー。チーズを食えー。できたてのシェーブルも持ってきたんだぞー」
シェーブルとは山羊乳でつくったチーズの事である。旨味が強いのだが特有の臭いもあるので、好き嫌いがはっきり分かれる。
参加者達を見てみると、確かにチョコケーキ、生クリームケーキ、チーズケーキ、プリン、果物盛り合わせの中から一つ選んでいる者ばかりだ。チーズのメニューには見向きもしていない。
カルパナは、甘いクリームチーズを巾着型のモッツァレラチーズに詰めたプッラータを頼んでいるようだ。
アバヤ医師がくっくっくと低く笑いながら、レカに話しかけた。
「発酵チーズには縁が無い国ばかりだからな、仕方あるまいよ。ブータン人は固いチーズをよく食べるそうだが、果物に夢中のようだ。ワシは喜んでシェーブルを頼むとしよう」
ゴパルも同じくシェーブルを頼んだ。
「最近はネパール人の中でも発酵チーズや山羊乳チーズを好む人が出てきていると、ABCの宿のアルビンさんから聞いた事があります。そういえば、ポカラの百貨店にもチーズ売り場がありますね」
他のチーズは前回試食したので、今回はシェーブルをメインに食べる事にした様子である。もちろん他の発酵チーズも少しずつ注文しているが。
そんなゴパルとアバヤ医師を見て、気分が落ち着いたレカであった。
「そんなにたくさんシェーブルを作ってるんじゃないしなー。で、どうよ味はー」
給仕が運んできたチーズ盛り合わせから、レカに促されるままにシェーブルを一口食べたゴパルが、微妙な表情になった。
「んんー……山羊乳をそのまま飲んだような味ですね。モッツァレラチーズやパニールみたいなフレッシュチーズみたいですよ、コレ」
アバヤ医師もシェーブルを食べて、ゴパルと同じような表情をしながら赤ワインを飲んだ。
「水分量が多すぎだな。水切りをもっと徹底した方がよかろう。本当にパニールみたいにプルプルしておるではないか。これではワシがヤマ君に自慢できないぞ」
ぐぬぬ、と呻いてへこんでいるレカを見て、ゴパルが何か思いついたようだ。遠慮がちに告げた。
「もしかすると、山羊乳の凝固剤が原因かもしれませんね。クシュ教授に頼んで、山羊乳に適していそうなカビ由来の凝固剤を何種類か送ってもらいましょう。それでもう一度試してみてください、レカさん」
レカがずれたメガネを直しながら、小首をかしげている。
「むむむー……凝固剤はいつも使ってるモノなんだけどなー。もしかしてー、KLや光合成細菌のせいで何かが変わったー?」
今度はゴパルが腕組みをして呻いた。
「うぐぐ。否定できませんね……搾った山羊乳に混入したのかもしれません。畜舎内では霧状に噴霧していますから可能性はあります」
レカが諦めたような笑みを浮かべた。
「あー……そういえば最近ー、搾った牛乳とか山羊乳が腐りにくくなってるってー、クソ兄が言ってたー。混じってるなーこれはー」
思わず研究したいという衝動に駆られたゴパルだったが、何とか自制心を発揮した。
もしも乳酸菌が混入していればヨーグルトになる。酵母菌の場合は酒になる。レカの話では、そういった変化が起きてないという事なので、全く別の何かが働いている可能性が出てきたためだ。
そういう事を今言うと混乱の元になるので、とりあえず黙っている事にしたゴパルであった。
「クシュ教授にその事を知らせてみます。すいません、KLのせいで余計な問題が生じてしまいましたね」
レカは特に気にしていない表情だ。ニマニマ笑いをしている。
「気にしないー、気にしないー。しっかり水切りすれば済むだけの話だしー。発酵チーズ用の牛乳とか山羊乳ってー、加熱殺菌しないのよー。菌だらけ上等ー」
確かにそうだなあ、と低温蔵での発酵チーズや発酵肉の研究計画を思い起こして納得するゴパルである。
レカがニマニマ笑いながら、一言追加した。
「でもー、新しい凝固剤は早めに送ってー」
イスに座ったままで背筋をピンと伸ばして答えるゴパルだ。
「ハワス、レカさん」




