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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
暑いと夏野菜を植えたくなるよね編
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食事会

 その他にいくつかカルパナと雑談を交わしていると、レカが挙動不審の動きをしながらロビーに入って来た。撮影機材をいくつも抱えていて、足を絡ませて転びそうになっている。

「ぐぎゃぎゃ……」

「!」「!」

 慌てて飛んでいってレカを手助けするゴパルとカルパナだ。レカが青い顔で照れながら二人に礼を述べた。

「ありがとー。今回は九人もいるのかー、げげげー」


 そのまま撮影機材をいくつか肩代わりして運んでレストランへ入るゴパル達三人だ。

 給仕長が出迎えてくれた。暑くなってきたせいか、白い長袖シャツに黒のベストだけの服装に変わっている。黒のネクタイとトピ、それにズボンと靴はそのままだ。

「ようこそ。料理もそろそろ完成しますよ」

 カルパナが了解する。

「分かりました。では参加者の皆さんを呼んできますね」

 そう言って、カルパナがロビーへ戻っていった。


 今回はゴパルやレカ、アバヤ医師も含めると十二人になる。そのため、料理も二種類からどちらかを選ぶようにしたと給仕長が話してくれた。

 目をキラキラさせているゴパルとレカ、それにアバヤ医師である。そんな彼らに柔和な微笑みを向ける給仕長だ。

 前菜はモッツァレラチーズとトマトのサラダ、定番のカプレーゼ、バーニャカウダ、地鶏肉のテリーヌ、ニジマスのカルパッチョの四品から好きな物を選ぶ事になった。

 レカが少しドヤ顔で自慢を始める。撮影機材の設置と調整をしながらなので意外に器用である。

「サラダには、この間試食してもらったチーズも使ってるー。試作品だからちょっとだけだけどー」


 主菜の魚料理は二品。ニジマスと鯉、テラピア、ナマズのパイ包み焼き。それと、ザリガニと地魚カマボコのシチリア風オーブン焼きだ。このどちらかを選んでもらう事になる。

 ゴパルが給仕長に聞いた。

「地魚って、もしかしてリテパニ酪農の排水が流れていく川のヤツですか?」

 給仕長が首を振って否定した。

「その川ではありません。チャパコットの山からフェワ湖へ流れていく沢の魚です。KLを大量に使っているおかげなのか、沢の魚が増えたそうですよ」

 目を点にして聞いているゴパルだ。

「し……知りませんでした。そんな事が起きていたんですね」

 確かにチャパコットでは花卉ハウスでKLや光合成細菌、土ボカシや育苗土を使っているのだが、それに加えてクチナシやヤブツバキ等の林でも使っている。森の土が肥えたのかな……と想像するゴパルであった。


 レカが早くも設置と調整を終えて、ニマニマ笑いを浮かべながらゴパルとアバヤ医師の所へ戻って来た。もうスマホ盾は装備していない。

「うちの酪農場の近くでも漁民が喜んでるー。川魚と川エビが増えたってー」

 KLを使い始めてからは、牛糞はバーク堆肥に、廃棄牛乳は液肥にしているので、浄化システムに流れ込む量は減っているはずなのだが。自然の仕組みって複雑だなあ……と思うゴパルであった。

 給仕長がニジマスや鯉、テラピア、ナマズの養殖でもKLを使いたがっている農家が居るんですよね、と言い始めたので話題を変えた。

「そ、それで肉料理は何でしょうか?」


 話を中断された給仕長だったが、穏やかな口調で説明を再開した。

「その前にニース風サラダを間に一品挟みます。肉料理ですが、これも二品になります。鶏と鴨、鳩、ウズラ、ダチョウの香草グリル、きのこペーストソースが一つ。キノコにはエリンギも使っています。もう一つは水牛や去勢ヤギ、子羊、子豚のグリル、バルサミコソースですね」

 これも給仕長がレカナート市の養豚団地の様子を話し始めたので、慌てて話の腰を折りにかかるゴパルだ。

「ダチョウですか。ポカラで飼育している農場がありましたっけ?」

 給仕長が首を振って否定した。

「ブトワルにあるダチョウ農場の産ですね。脂身が少ない肉なので人気ですよ」

 ブトワルはポカラの南に位置している大きな町だ。テライ地域にあるので広大な平野部が広がっている。ちなみに近くには仏陀生誕の地とされるルンビニがある。


 メニューを聞いたゴパルが恐る恐る給仕長に聞いた。

「ギリラズ給仕長さん。かなり豪華な料理ばかりなんですが、私の財布の中身で支払えますか?」

 給仕長がニッコリと微笑んだ。

「大丈夫ですよ。ゴパル先生がピザ屋で食べている料理の値段と同じにしています。エリンギ栽培が成功しましたし、パン工房も人気が高まっています。これらに対する感謝という意味合いで、ホテル協会からお金をいただいています」

 個人情報がダダ漏れになっているような気がしたが、素直に喜ぶゴパルであった。


 有機農業団体の参加者達が談笑しながらカルパナと一緒にレストランへ入って来た。食事会の時間になったようだ。給仕長が優雅な所作でゴパルとアバヤ医師、レカの三人に合掌した。

「ポカラ産の食材が前回よりも増えましたので、料理の幅もこうして広がりますね。ではまた後ほど」


 ゴパル達三人は今回も別のテーブルに座る事になった。緊張した表情のカルパナにエールを送るゴパルだ。

「お一人で大変でしょうが、無理をする必要はありませんよ。困った事が起きれば、遠慮なく私やレカさん、アバヤ先生に申し出てください」

 カルパナが固い表情ながらも微笑んでうなずいた。早速レカがカルパナの両肩をもんでいる。

「そ、そうですね。分かりました。レカちゃんありがと。楽になったよ」

 レカもカルパナの緊張が伝染しているようで、緊張した表情になっている。それでも口元を緩めてサムズアップした。

「いざとなったらー、トイレに行くと言って逃げ出しちゃえー」 


挿絵(By みてみん)


 カルパナが十人席のテーブルに座るのを見守ったゴパルが、レストラン店内を見回した。

「あれ? この前と雰囲気が変わっていませんか」

 アバヤ医師が呆れた顔になって、ジト目でゴパルを見据えた。

「今頃になって気がついたのかね。まったくこの山羊君は。ヤマ君の指摘を反映して、店内の雰囲気を変えたのだよ」

 確かに鉢植えの植栽が増えている。照明もグラデーションを重視するように変えたようだ。店内が何となく立体的に見える。しかし、この照明についてはレカが不満を漏らしてブツブツ言っているが。

「こんな微妙な光はー、撮影の邪魔なんだけどー。白くて強い光でガッツリ照らしたほうが楽ー」


 とりあえず最初にやって来たグラス入りのシャンパンを、一番最初にレカに渡すように給仕に頼むゴパルであった。

 小さなパンも出てきているが、これはホテル協会が建てたパン工房で焼いたものだろう。発酵バターも出てきたので、レカに聞く。

「この発酵バターもレカさんの所で作ったんですよね」

 ドヤ顔になって笑い始めるレカだ。

「わかるー? わかっちゃうかー、照れるなーもー」


 バターを乳酸菌や酵母菌を使って発酵させた物だが、この微生物を提供しているのはクシュ教授の微生物学研究室である。商品化して売れそうだとなれば、国内のメーカーが本格的に製造する予定らしい。

(まあ、多分KLを作っている会社になるだろうな。KLだけじゃ大して儲けにならないって聞いているし。こういう商品開発も必要になるのかな)

 レカの口ぶりからすると、リテパニ酪農が発酵バターを製造する事にもなりそうだが。しかし、そのあたりの政治的な部分には関心がないゴパルである。


 そんな話をしていると前菜が運ばれてきた。

 給仕長が言った通り、四品から好きな物を選んで皿に盛りつける方式だ。ゴパルはサラダとバーニャカウダだけを注文した。

(養殖の魚とか豚とか注文すると、その農場でKLを使えという話になりそうなんだよねえ……ここは無難な料理を選んでおこうっと)

 ゴパルなりに色々と考えているようである。


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