スリランカからの誘い
スピーチ慣れしているようで、実に滑らかに話を続けるラマナヤカだ。この交流会それ自体は、毎回参加者が同じなので新しいニュースは大してなかったらしい。近況報告会みたいな感じだ。
ただ、前回と今回はカルパナがKLを使った農業や生ゴミ処理、悪臭対策について話していたので、がぜん興味を抱いたという話だった。
「交流会の休憩時間で出されたポカラの初摘み紅茶の出来が、非常に良かったですね。小麦やミカンの復活事業も、KLのおかげで有機肥料を多く使えるようになったとか。生ゴミの肥料化も実に興味深いものでした」
照れるゴパルである。
「私は一介の微生物学者に過ぎませんよ。農業やゴミ処理での使い方を開発したのは、カルパナさんのようなポカラの人達です。実際の詳しい使い方については、彼女達に聞いた方が良いと思いますよ」
そんなゴパルの謙遜はラマナヤカには通じなかったようである。目をキラキラさせたままで、さらに迫って来た。
「スリランカにも世界的に有名な紅茶の産地が数多くあります。ですが残念ながら、ホテルのある海岸からは遠く離れていまして、疎遠なのです」
と言われてもスリランカの地理に詳しくないので、よく理解できていないゴパルだ。ラマヤナカが構わずに話を熱心に続ける。
「その代わりに天然ゴム園等と親交を結んでいます。その彼らの助けになってはくれませんか? 立ち枯れ病が広がっていて大変困っているんですよ」
スリランカでの紅茶の産地は標高の高い山間地である。気温も低く、いわゆる常春の気候だ。
ホテルは名前の通り海岸に建っているので熱帯雨林気候の中にある。近所にあるのは熱帯雨林気候で栽培する種類になるのは当然だろう。ゴムの木はまさしくこういった気候で栽培されている。
ゴムの木からは樹液を加工して天然ゴムが作られている。そのためホテルとの関わりがなさそうな印象だが、民芸品となると話は別だ。さらにゴム園では養蜂も盛んに行われていて、特有の風味を持つハチミツが得られる。
ゴムの他にも熱帯果樹の栽培をしている農家と親交があると、ラマナヤカが少々ドヤ顔になって説明してくれた。
話を聞きながら微妙な表情になっていくゴパルだ。内心では余計な仕事が増える事を嫌がっているのだろう。そんなゴパルの表情にはお構いなしで、ラマナヤカが話を続けた。
「環境問題にも関わっているんですよ。ホテルが建っている場所には広大なマングローブ林が広がっているのですが、環境悪化で問題が年々増加していまして」
マングローブ林は特定の樹種を指す場合もあるのだが、ここでは多数の品種の草木をひとまとめにした生態系という意味合いで使っている。
そのため、マングローブ林と言っているが、実態は熱帯汽水域に成立する植物群落という事になる。
汽水というのは、川から流れてくる淡水と海水とが潮の満ち引きでかき混ぜられて、薄い海水になっている状態を指す。大潮の日のように海水が大量に押し寄せてくる日は塩辛い汽水になり、反対に陸で大雨が降ったりした日には薄い汽水になる。不安定な環境なのだ。
マングローブ林も適応できる塩分濃度に違いがあるので、海に近い場所ほど単純な生態系になる。汽水に生えている植物なのだが、好みの塩分濃度があって棲み分けているのだ。普通の植物でも塩分濃度に対して耐性があれば、マングローブ林の中に入り込んでいる。
マングローブ林は水の流れが穏やかな場所に成立しやすい。そのせいで水が淀んで、枝葉といった有機物を溜め込み、それがヘドロ化している。このヘドロが海に流れ出し、プランクトンの餌になって漁場を形成している。ホテルとしてはレストランで提供する地魚の供給源という事になる。
このヘドロに家畜糞や民家からの排水が加わると地魚にも悪影響が出る。端的には、大腸菌や病原菌による汚染だ。そういった事態を防ぐために、色々と環境保護や改善事業をしているという話だった。
「これにKLを使ってみれば良い効果が期待できると思うのですよ。どうでしょうかゴパル先生」
やっぱりそうきたか……と内心でつぶやきながら、努めて明るい表情でゴパルが答えた。
「良い志だと思います。上司に相談してみますね」
言質を取ったと思ったのか、満足そうな笑みを浮かべるラマナヤカだ。
「良い返事を期待していますね。そうそう、我がホテル協会なのですが、モルディブのホテル協会とも提携していましてね。モルディブでもサンゴ礁の悪化が問題になっているんですよ。これもKLで何とかできませんかね?」
さすがに両目を閉じて頭をかくゴパルだ。
「……分かりました。その件も上官に提言しておきます」
(クシュ教授のことだから、面倒臭がってウヤムヤにするだろうな。申し訳ないけれど、私も今は低温蔵とポカラの事業で一杯一杯だし……悪く思わないでね、ラマナヤカさん)
そこへカルパナが後片づけを終えて、会議室から出てきた。ゴパルを見つけて笑顔で合掌して挨拶をする。
「ゴパル先生、来ていたのですね。時間的にもう、こんばんは……かな。スバシュさんに任せきりにしてしまいまして、すいません。本当でしたら、私がゴパル先生を案内して、簡易ハウスのトマト苗を見てもらうのですが」
ラマナヤカが空気を察して、ゴパルとカルパナに一礼して立ち去っていった。ほっとするゴパルだ。
「私こそ助かりました。先程までスリランカのラマナヤカさんに捕まっていまして……」
カルパナがクスクス笑いながら答えた。彼女の服装は小奇麗なサルワールカミーズ姿である。足元もオシャレなサンダルだ。
「彼は話をするのが上手ですからね。何でもスリランカで有名なコロンボ大学の経営学部を主席で卒業した英才だそうですよ」
ゴパルが納得した。
「ああ……なるほど。それでホテルの副支配人にあの若さでなったのですね」
ロビー内では有機農業団体の参加者九人が英語で談笑をしているのが見える。
カルパナの話では、今回はインド、バングラデシュ、スリランカ、ブータン、ミャンマー、パキスタン、タイ、マレーシア、インドネシアからそれぞれ参加しているそうだ。
モルディブからは参加していないんだな……と思ったゴパルだ。恐らくは、ラマナヤカが総合窓口のような役目をしているのだろう。




