ほだ木の組み替え
その有機農業団体の南アジア地区の交流会だが、初日はポカラに行かずにセヌワに居たゴパルであった。この日はセヌワとナウダンダで、シイタケ原木を組み替える作業をする事になっていたためだ。
セヌワも西暦太陽暦の四月第二週ともなると、本格的に暖かくなり始めていた。冬から一気に初夏に飛ぶような感じである。
とはいえ、日当たりが悪い急斜面の土地で、すぐ上には万年雪を抱いたアンナプルナ連峰やマチャプチャレ峰がそびえ立っている。そのため、暖かいといっても長野県や岐阜県の山間地のような過ごしやすい気候だ。
シイタケ原木を並べている場所は、セヌワの集落に近い比較的傾斜の緩やかな雑木林の中だった。
ゴパルがシイタケ原木を担いで、組み方を変えながら汗を拭いた。ジャケット姿だが冬用ではなく薄手の物に替わっている。毛糸の帽子はもう被らないようだ。
「ふう。水をそれなりに吸っているので結構重いですね」
ゴパルと一緒に作業しているのはカルナとニッキ、それにアルジュンの三人だ。カルナもシイタケ原木を脇に二本抱えて運びながらジト目になって答えた。彼女は厚手の野良着版サルワールカミーズ姿だ。
「一本ずつしか運んでいない癖に、文句言うな」
その通りなので、謝るゴパルである。
「すいません。結構体力がついたと自負していたんですが、まだまだですね」
ニッキがガハハと笑いながら三本のシイタケ原木を軽々と担いで、ゴパルに告げた。
「学者先生だからナ。最初から労働力としては考えてないぜ。ケガだけはチャイ、しないようにナ」
素直に了解するゴパルだ。
「そうですね、これで転んでケガでもしたら目も当てられないですね。気をつけます」
ニッキが再びガハハ笑いをしてから、シイタケ原木を組み立てていく。
「このまま収穫まで放置って事でいいんだよナ、ゴパル先生」
ゴパルがシイタケ原木をその隣に組み込んでうなずいた。
「はい。でも、雨期に入ったら考え直しましょう。多分、このまま収穫まで動かさずに済むと思いますが」
シイタケ原木は雨風が均一に当たるように組み立てるのが基本だ。直射日光が当たらなくて、排水の良い場所である必要がある。そのため、こうして風通しの良い林内で傾斜がある場所を選んでいる。
林内が明るい場合には、遮光ネットをシイタケ原木の上に被せた方が良いのだが、この場所は不要だと判断したゴパルである。まあ、実際に判断したのはラメシュなのだが。
シイタケ原木は気温の低いこれまでの間は、地面に接しないようにして横積みにしていた。今後は気温が上がって菌の活動が活発になるので、こうして組み直している。
組み方は、高さ五十センチほどのクロスさせた支柱の上にシイタケ原木を一本横に渡し、その上に斜めになるようにシイタケ原木を立てかけていく。立てかけたシイタケ原木と原木の間には、直径の二、三倍くらいの隙間を設けておく。
この斜めに立てかけたシイタケ原木群の上にもう一本のシイタケ原木を横木にして置き、クロスさせた支柱で先程と同様に支える。この横木の上に、シイタケ原木を斜めに立てかけて並べていく。この組み方は見た目が日本の鎧に似ているので『鎧伏せ』と呼ばれている。
その作業をしながらゴパルが汗を拭いた。
「雨期が始まるまでは、シイタケ原木が乾かないようにこまめに散水してくださいね。この組み方は風通しが良いので乾きやすくなるんですよ」
セヌワでのシイタケ栽培は小規模なので作業はすぐに終わった。セヌワの集落に近いのだが、雑木林の中でチヤ休憩をするゴパル達である。
林内なのであまり見通しは良くないのだが、それでも若葉で覆われた雑木林の枝を見ているとほっとするゴパルだ。
カルナからチヤが入ったプラスチック製のコップを受け取って礼を述べ、再び枝を見上げた。
「新芽や若葉の表面に付着している酵母菌を採取しようかな。若葉が育つと、菌の種類も変わってしまうんですよ」
そう言いながら、雑木の新芽や小さな若葉を摘み取って袋に入れ始めた。カルナが少し呆れた表情でゴパルを見ながらチヤをすすっている。
「本当に不審者の動きよね。でも、明日はポカラへ下りるんでしょ? 採取するのはABCへ戻る時で良いんじゃないの?」
ゴパルが手の平サイズの袋に新芽と若葉を半分くらいまで入れて封を閉じた。満足そうな表情だ。
「戻る頃には菌の種類が変わっている可能性があるんですよ。これは首都の微生物学研究室へ送ります」
そして改めてカルナに告げた。大真面目な表情だ。
「それはそうと、このチヤとっても美味しいですね。新茶を使っているんですか?」
カルナがニッキとアルジュンと一緒に顔を見合わせてニンマリと笑った。
「分かる? シャウリバザールの茶店のオヤジさんから色々と教わったのよ。新茶に切り替えてもいるけれどね」
茶葉はリテパニ酪農産ではなく、東ネパールのテライ地域にあるジャパ産という事だった。このあたりの紅茶はアッサム地域に接している事もあって風味も似ている。昔はアッサム紅茶のブレンド用の茶葉として使われたりもしていたのだが、今は独自ブランドを目指している。
ただ、生茶葉を摘む作業に多くの人手が必要となるので、経営的に楽な淡水魚の養殖をする農家も多い。この辺りでは雨期になると洪水が起きやすいので、そういった湿地帯では麻の栽培が盛んだ。マラリアの流行地域でもあるので、旅行する際には蚊に注意した方が良いだろう。
カルナが話題を変えた。表情から見て、こちらの方が本題のようだ。
「その茶店のオヤジさん経由でプン族から許可をもらって、アンナプルナ南峰の西にある山小屋へ行ってみたんだけどね……」
プン族はガンドルンの西側にあるプーンの丘を中心にして暮らしている山岳民族だ。ちなみにこの丘はサランコットと並んでネパールでも有数の景勝地でもある。
カルナが軽く首を振りながら微笑んだ。
「標高が高いから高山病にかかる心配があるけど、なかなか良い山小屋だったかな。季節限定になるけど、ここを拠点にして野生キノコを採れば、セヌワの野生キノコと合わせて結構な量になるはず」
他人事のように聞きながらも素直に喜ぶゴパルだ。
「朗報ですね。サビーナさんやカルパナさんが喜ぶと思いますよ」
カルナがドヤ顔で微笑みながら、自身のスマホに画面をゴパルに見せた。チャットアプリが起動していて、既にその二人から返信が届いている。
「もう既に大喜びしてるわよ。バフンやチェトリ階級ってキノコ好きよね。ちなみにラメシュ先生も喜んでいるわよ」
確かに、ラメシュからも喜びの声が届いていた。彼はキノコ専門だからなあ……と納得するゴパルだ。
「今はどんな野生キノコが採れるんですか? カルナさん」
カルナがニヤニヤ笑いを浮かべて答えた。
「アミガサタケかな。ゴパル先生はこの後でポカラへ下りるんでしょ。ついでに持っていってよ。サビーナさんに渡して」
こうなりそうなのは予想していたらしく、ゴパルが肩をすくめながらも気楽に応じた。
「了解です、カルナさん」




