チーズの試食会
試食用に出てきたチーズは四種類だった。レカが先程までとはうって変わって神妙な表情になり紹介する。
「青カビチーズとカマンベールチーズ。こっちは二種類の硬質チーズでー、熟成期間が三か月間ちょっと。だからまだあまり美味しくないけどー、食べてみてー」
青カビチーズとカマンベールチーズは、共に微生物学研究室で保存している菌株を使っている。その青カビチーズを見たゴパルが、レカに謝った。
「すいません、レカさん。クシュ教授から昨日メールが届きまして、以前にセヌワで採取した青カビが停電でダメになってしまったそうです。ポカラ産の青カビチーズを作るのは、しばらく延期ですね」
レカはそれほど落ち込んではいない様子だ。メガネをストールで拭いてかけ直した。
「んー、停電なら仕方ないー。その青カビ使えそうだったのー?」
ゴパルが素直にうなずいた。
「はい。毒性試験を終えて、問題ない事が分かっています。食品添加物用の登録も済ませたそうですよ。後日セヌワで再び採取してきますので、再試験しますね」
レカがニマニマ笑いを浮かべて、軽く否定的に首を振った。
「ううー、青カビチーズって臭いでしょー、あんまり関わりたくないー」
それを聞いて心外な表情を浮かべているヤマだが、コメントは差し控えたようだ。カルパナも青カビチーズは苦手なのか、レカとゴパルから視線を逸らしている。
硬質チーズの方はどちらにも気泡のような穴が生じていた。一方は小さい気泡で、もう一方は大きな気泡だ。
レカの説明によると、気泡が小さい硬質チーズはグリュイエールチーズづくりの方法を真似たもので、もう一方はエメンタールチーズを真似たという事だった。
グリュイエールチーズはスイス産のチーズで、塩水でチーズ表面を拭きながら熟成させていく。
エメンタールチーズもスイス産で、プロピオン酸菌を接種して発酵熟成させる。どちらもそのまま美味しく食べる事ができるのだが、チーズフォンデュのように料理用チーズとして使われたりもする。
二種類とも原産地保護名称の制度で保護されているので、スイスの原産地以外でこのチーズを作っても名乗れない。
そのため、リテパニ酪農ではポカラ産硬質チーズその一、その二というような呼び方をするつもりらしい。ただ、チーズフォンデュにも使えるチーズなので、それほど固くはない。チーズナイフで切る事ができる程度の固さだ。
プロピオン酸菌も微生物学研究室からの提供で、食品添加物の登録を済ませてある。
サビーナが赤と白ワインをそれぞれグラスに注いで、皆に手渡した。
「それじゃあ、試食してみましょ」
早速グリュイエールチーズ風の、穴の小さい硬質チーズをかじったゴパルが首をかしげた。
「むむむ……ちょっと塩辛いかな」
サビーナも同じチーズをかじって同意する。
「ん。そうね。熟成期間が短いから風味も乏しいし、アンモニア臭も気になるかな」
レカが腕組みをしながら呻いた。
「ぐぬぬ。塩分濃度二十二%で標準的なんだけどなー。二十四時間以上浸けっぱなしだったのが、マズかったかなー……分かったー、次は調整してみるー」
次にゴパルが試食したのは穴の大きい方の硬質チーズだった。こちらは普通の表情で食べている。
「これは特に問題無さそうです。塩辛くもなくて穏やかな風味ですね」
ヤマが続いて試食し、同じようにうなずいた。
「エメンタール風なので、こんなものでしょう。個性的な風味ではないので、サラダに混ぜたりして使えると思いますよ」
サビーナも試食して、微妙な表情をしながらもヤマに同意した。
「……ん。そうね。エメンタールチーズってこんなものよね。ゴパル君、とりあえず菌の改良ができるなら頼むわ」
ゴパルが白ワインを飲みながら了解した。
「はい、サビーナさん。インドの研究所に問い合わせてみますね。何か面白い菌株が発見されているかも知れませんし」
このチーズはカルパナとレカにも好評だったようだ。ニコニコしながら試食している。
「レカちゃん。牛乳の風味が残っているから、短い熟成期間の方が良いかも」
カルパナの感想に素直にうなずくレカだ。今はカルパナと話しているので挙動不審な動きはしていない。
「そうかもー。わたし達ってパニールとかよく食べてるからー、牛乳の味が残っている方が馴染みやすいかなー」
残ったのは風味が強いカマンベールチーズと青カビチーズだ。まず最初にヤマがカマンベールチーズを試食した。ちょっと微妙な表情になっている。
「うーん……熟成が足りてないですね。香りも乏しいですし、口当たりも滑らかではありません」
続いてサビーナが食べてみて、ヤマに同意した。
「そうね。熟成期間が三ヶ月間だから仕方がないんだけど、カマンベールチーズらしさに欠けてるかな」
ゴパルは少し違う反応をした。
「菌それ自体はちゃんと育っています。雑菌の混入も感じられません。熟成のスピードが遅いだけだと思いますよ。さらに半年間くらい熟成させればカマンベールチーズらしくなってくると思います」
レカとカルパナはこの状態でも気に入った様子で、パクパク喜んで食べている。レカが白ワインで口の中を洗い流してからゴパルに答えた。視線はゴパルの方を向いていないが。
「クソ兄の話だとー、一年くらい熟成させるってー、もうしばらく様子を見るー」
カルパナは少し不思議に感じているようだ。小首をかしげている。
「私はこれでも十分に美味しいと思いますよ。カビの風味もちゃんとしていて、ちょっとキノコっぽい感じがして好きです」
そういえばカルパナさんはキノコ好きだったっけ……と思い出すゴパルであった。




