キノコの補足
チチタケ等のキノコについては、さらに別の方法でも採集をしている。
ガラス製の試験管の中に、半透明のジャガイモ培地を入れたものを取り出す。綿栓がされているのだが、それを一瞬だけ開けて、キノコの傘の裏部分を切った、五ミリ角ほどの切片を放り込む。
念のために、別の切片を自身の口に入れて、味を確認するゴパルである。この程度の切片であれば、強烈な毒キノコ以外は、大したダメージを受けない。とはいえ、専門職のゴパル助手以外の人には、決して推奨できる確認方法では無い。
例えば、亜熱帯地域でよく生えているオオワライタケを、この方法で試食すると、粉っぽいシイタケのような独特の風味を、しっかりと感じる事ができる。その後に、口が少々麻痺して、視野も若干おかしくなるが。
余談が過ぎてしまったが、キノコの鮮度も確認できるので、良質なサンプルを選ぶ基準にもしているようだ。野生のキノコには、自己分解酵素による腐敗が早いモノが多い。
これは、キノコの人工栽培を研究するための素材になる。上手くいけば、採集したキノコを人工栽培できるようになるのだ。
本来であれば、キノコが作る胞子を採集できれば一番良いのだが、胞子の放出は、短時間で終わる場合が多い。森の中に生えているのは、胞子を全て放出して、抜け殻になった野生キノコばかりなのだ。
森の中での採集作業では、なるべく森の奥へ踏み入らないように注意するゴパルである。特に、彼の場合は、方向オンチの傾向があるので、なおさらだ。
今回も、採集作業に夢中になってしまう前に、何とか我に返った。
「おっと、いけない、いけない。今日中に、この採集物を首都へ発送しないといけないんだった」
吸血ヒルと、落ち葉や枯葉を振り落として、森から出る。スマホをレインウェアのポケットから取り出して、時刻を確認し、試験管をショルダーバッグの中に戻して、綿栓がしっかりと閉まっているかどうか確認する。
「よし。それじゃあ、次は酒造所だな。もろみを少量分けてもらおう」
もろみというのは、この場合では、蒸したシコクビエの実に、クモノスカビが主な種菌を散布し、発酵させた状態のものである。
空気中の乳酸菌や酵母菌も加わっていて、これを元にして、タンク単位での酒を仕込む事ができる。
シコクビエというのは、細かい球型の赤褐色の実がなる雑穀である。米が栽培できないような段々畑で、よく栽培されている。皮は薄いのだが、そのまま炊いて食べても美味しくない。
酒造所といっても、ごく簡単な機器を使っている程度で、民宿や、レストラン、居酒屋の調理場の一角を使っているだけだ。目的は、密造酒を撲滅する事なので、この程度でも構わない。政府機関からの酒造許可を受けて、毎年の機器検査と会計監査を受け、税金を納める。
それでも、食堂の通常業務と並行して酒造を行うので、忙しさは増す。そのため、予約無しの見学は、受けつけていない酒造所がほとんどだ。
ゴパルも今回、宿の予約時に申請していて、その内の三か所から許可を取りつけている。
時間指定の視察許可なので、雨の中を急いで向かう。少々、森の中で長居をし過ぎてしまったようだ。