ロビーにて
アネルが、欧米人観光客にビール瓶を二本届けてから、やって来た。オランダのビールであった。ライセンス生産の国産だが。
「そうですねえ……やはり、定食ですかね。地鶏の香辛料煮込みが美味いですよ。飯もチャイ、山米です。シコクビエの焼酎もありますよ」
ゴパルの垂れ目がキラリと光った。
「それは楽しみだな。ニジマス料理屋ではメニューに無くてね。山米も無かったので、がっかりしていたのですよ」
アネルが太い眉を上下させた。身長が百五十五センチ程度で、こじんまりとした体型なので、何となく可愛く見える。四十代前半の見た目のオッサンなのだが。
「食堂では、食材を大量に使いますからナ。民宿の飯でしたらチャイ、少量で済む場合があるんで、ご用意できるんですよ」
他にも色々な理由があるのだろうが、ここは素直に納得するゴパルであった。
「では、七時に食べるとしようかな。シコクビエの焼酎も頼むよ。一杯ほど飲みたい」
ゴパルがレインウェアを着て、膝から下も保護シートで厳重に覆っているので、アネルが首をかしげた。
「今からまた、外に出かけるんですかいナ? 雨期の今は、観光に向く場所って、ニジマス養殖場以外には無いですよ。ロクタ紙の製造工場もチャイ、今は休業中ですし。酒造所でしたら、見学できますけど」
ロクタ紙というのは、ロクタという木の皮を使って作る和紙の事だ。ネパール政府の公文書を入れる、封筒等に使われている。
日本の和紙と比べると、繊維が粗くて長い。そのため、半透明になるくらいに薄く紙を漉いても、実用に耐える。
しかし、ロクタ紙は、年間を通じて製造できないので、こうして休業する期間がある。雨期は休業期間に含まれるらしい。
ゴパルが、ショルダーバッグを軽く揺すった。カチャカチャと音がする。
「酒造所は見学を申し込んでいたので、時間になったら伺いますよ。それまでの間に、ちょっと周辺の森や、畑を回ろうと考えています」




