ガンドルンの宿
民宿はニジマス養殖レストランから、歩いて数分の所に建っていた。
ちょうど尾根筋の上にある宿で、晴れていれば見晴らしが良いのだろうな、と思うゴパルであった。今は全方位が、分厚い雨雲で覆われている。
民宿はグルン様式の平屋建てで、石造りの白い壁の上に、黒い石板を重ねた屋根が乗っている。
扉と窓枠は木製で、床は板敷きだった。なので、靴を履いたまま室内へ入る。
民宿のロビーには、テレビが鎮座していて、それを囲むように木製のソファーやイス、それにテーブルが配置されている。
どれも重厚な造りなので、持ち運びには苦労しそうだ。照明は、蛍光灯と発光ダイオードとが半々だった。おかげで、室内はかなり明るい。
ちなみに、ロビーはそのまま食堂にもなっていた。食事のメニュー表を書いた紙が、透明なビニール袋に入れられて簡易ラッピングされている。
しかし、ビニール袋は、今はほとんどが生分解性素材で出来ているので、所々に穴が開いてボロボロになってきているが。
グルン族が経営する民宿なので、簡易なバーカウンターまである。酒はネパール産のウィスキーやラム、ジンにビールが主で、欧米産のブランデーやジンが少数あった。
しかし、どれも安い酒ばかりである。ブランデーは、マールばかりだった。フランス産のブドウの絞り粕を、再発酵させて蒸留したものだ。
ウィスキーもあって、こちらはバラの花や、光の銘柄等があった。
「……ブランデーよりもウィスキーの方が、値段が高そうだな」
思わずつぶやくゴパルであった。若い米国人の観光客が、ガンドルンでは多かったので、彼ら向けなのだろうか。
まだ昼過ぎなので、ロビーで寛いでいるのは、数名の欧米人観光客だけだった。
手元には、ビールやウィスキーが注がれたグラスが置かれている。さらに、アルミ製の小皿には、鶏肉と小玉ネギ、青唐辛子の炒め物が盛られている。
それを見たゴパルが目を細めた。口元も大いに緩んでいる。
「鶏肉の唐辛子炒めですか……酒のツマミには最適ですね」
民宿のオヤジが、調理場から追加の炒め物を持って出てきた。すぐに皿を欧米人観光客のテーブルに置き、ゴパルに愛想笑いを浮かべた。
「ゴパルさんですね。予約していただいて、ありがとうございます。民宿ローディへようこそ。主のアネルです。ニジマス料理屋にチャイ、立ち寄ってくださったそうで、嬉しいっす」
「アネルさんですね。よろしくお願いします。首都から来たゴパルです」
早速、部屋に案内してもらい、荷物を置く。測量ポール杖も、部屋の壁に立てかけた。多分、明日からの旅程からは、必要になるはずだ。
部屋は個室で、八畳くらいの広さだった。オイル処理された板敷きの床で、扉やベッド、イスに小さな机は、全て木製だ。テレビは無く、窓も北と南の壁に一つずつ。照明は電球型の蛍光灯が一つ、南の壁の上に付いている。
洗面所はトイレとシャワーが付いたもので、温水を作って蓄えるための、電熱ヒータータンクが設置されている。ギーゼルと呼ばれているものだ。
タンクの容量が百リットルも無いので、調子に乗って湯を使い過ぎると、すぐに無くなってしまう。その後は、ただの冷水になる。
タオルやバスタオル、歯ブラシ等は無い。石鹸やシャンプー等も無い。停電時に備えてのロウソクはあるが。ベッドも粗末な薄いマットレスの上に、シーツがかけられていて、薄い毛布が一枚畳んであるだけだ。
それを見て、リュックサックの中から、化繊の寝袋を取り出す。これもダウンジャケット同様に真空パックされていたので、封を開ける。
他には、石鹸とタオルも取り出した。タオルも化繊なので、振り回せば乾いてしまう。
部屋の鍵は、安物の南京錠だった。鍵の形も単純である。これも、よくある事だ。貴重品は部屋に残さずに、腰のポーチ袋に入れて、持ち運ぶ事になる。とりあえず部屋の扉を閉めて、南京錠をかけて締めた。
肩には、小さなショルダーバッグをかける。バッグの中からは、カチャカチャと、ガラスが鳴る音がする。
「さて、ちょっと採集に出かけるとするかな」
その前に、ロビーに寄るゴパルだ。主のアネルに手を振って呼び寄せた。
「済まないね、忙しい所。アネルさん。夕飯なんだけれど、お勧めってあるかな?」




