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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
とりあえず使ってみた編
734/1133

ガンドルン

 茶店を後にし、崩れた崖を横切る細い土道を通る。尾根を越えるとガンドルンの町に入った。閑散期とはいえアンナプルナ街道の要所だけあり観光客が多い。今の時期は地元ネパール人が特に多い印象だ。

 ガンドルンの町の中心地に入ると、しっかりとした石畳の道になった。道の両端には排水溝もある。同じく石造りの三階建て民家や民宿が軒を並べていて壮観だ。建物の石壁は一様に白く塗られているので絵になる風景となっている。実際に多くの観光客が記念撮影をあちらこちらで行っていた。

 ゴパルがカルパナと一緒に人混みを避けながら、石畳の道を歩いて行く。

「久しぶりに来ました。いつ訪れても見ごたえのある町ですね」

 カルパナも白い町並みを眺めて、楽しそうにうなずいている。

「はい。あっ、ラリグラスの盆栽が増えてきていますね。どこかに園芸店ができたのかな」

 思わずラリグラスの盆栽に駆け寄ったカルパナだったが、すぐに我に返ったようだ。コホンと小さく咳払いをして、ゴパルに振り返った。

「ええと……まずは、カルナちゃんと合流でしたね」


 待ち合わせの場所は、町外れにあるアンナプルナ保護地域国立公園の管理事務所で、その門の前だった。カルナがカルパナの姿を人混みの中から見つけて駆け寄ってきた。彼女も厚手のジャケットにズボン姿だが、手ぶらだ。

「こんにちは、カルパナさん。ようこそガンドルンへ。ゴパル先生がまだ道草食うんじゃないかと心配だったけど、真っすぐにここまで来れたのね」


 ゴパルが頭をかいて両目を閉じた。

「途中のシャウリバザールでチヤ休憩しただけですよ。手ぶらですね。キノコは採れなかったんですか?」

 カルナがジト目になってゴパルを見据えた。

「これから食事して、ラリグラスの花を撮るんでしょ。荷物になるから、知り合いの家に預けてあるわよ」

 そしてカルパナに笑顔を向けた。

「全部で五キロくらい採れましたよ、カルパナさん。宿に着いたら見せますね」

 カルパナもニッコリと微笑んだ。この場所は尾根が谷に突き出た場所なので、谷からの上昇気流が強い。おかげでカルパナとカルナの長髪が舞い上がっている。

「五キロかあ。凄いね、カルナちゃん」

 ゴパルがとりあえず仕事を先に一つ片付ける事にしたようだ。門をくぐって管理事務所へ入っていく。

「ここの所長に挨拶してきます。少しだけ待っていてください」


 本当に挨拶だけで済まされたようで、頭をかきながら管理事務所からすぐに出てきたゴパルであった。

「所長って素っ気ない人ですよね。世間話の一つでもしたかったのですが」

 カルパナとカルナがクスクス笑っている。

「今回の所長さんはバフン階級でも上の人ですしね。今はグルン語の勉強を頑張っているそうですよ」

「さすがカルパナさん耳が早い。ゴパル先生、そういう事なのよ。勉強の邪魔しないでよね。ゴパル先生はABCに居る癖に、グルン語を学ぶ気なんかカケラも持ってないでしょ」

 その通りなので、ぐうの音も出せなくなるゴパルであった。そんなゴパルを無視して、カルナがカルパナの手を引いた。

「お昼ご飯にしましょう、カルパナさん。ニジマス料理屋に予約を入れてます」


 ぎょっとしているゴパルに、カルナがジト目になって鼻で笑った。口がへの字のままなので、かなりバカにしているような印象だ。

「金欠のゴパル先生なんか当てにしてないわよ。試食会と料理の撮影という事でタダにしてもらったから」

 ゴパルが目を点にして感心した。

「ゆ……優秀ですね、カルナさん」

 カルナがニッコリと笑ってゴパルを指さした。吊り目気味の黒褐色の瞳がキラリと輝く。

「その代わり、しっかりと料理の撮影をするのよっ」


 カルナが案内した先は、ゴパルが以前に食事をしたレストランだった。英語で書かれた看板を見上げる。

「あー……『トラウト・レストラン』という名前だったのか」

 ありふれた名前だったので、記憶に残っていなかったらしい。このレストランはグルン族の民家を改造した造りになっていて、ニジマスの養殖池が隣接している。


 カルナが店内に入って、一人のグルン族の娘に手を振った。店内は昼食時という事もあり客が多い。

「やほー。来たわよー」

 すぐにその娘がやって来た。地味だがグルン族の民族服を着ていて、名札を下げているので給仕だろう。その顔に、ゴパルは見覚えがあった。

 給仕の娘がカルナにニッコリと笑う。

「いらっしゃい、カルナ。準備はできてるわよ。ああ、この人が噂のカルパナさんねー」

 カルパナが小首をかしげる横で、カルナが慌てて給仕に抱きついた。

「うわおわ、そういう話はグルン語で言えー!」

 カルナを軽くあしらった給仕の娘が、ゴパルを見てニンマリと笑った。

「あー……クズ野菜の先生じゃないですかー。ええと、アンナキャンプの暮らしはどうですかー?」

 ゴパルががっくりと肩を落として両目を閉じた。

「その呼び名は止めてくださいって……野菜に付いている微生物の採取目的でクズ野菜を買ったんです。それとアンナキャンプの呼び名も使っていませんよ。今はABCって呼んでいます」

 ちぇー残念……みたいな表情をした給仕の娘が、ようやく営業用のスマイルになった。

「ではこちらへー。席に案内いたしますね」


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