ニジマス料理
まず、ニジマスのカレーを、ご飯の上にかけて、素手で食べる。カレーなので、汁物である。
小骨が混じっているが、それほど硬くないので、取り除くのは容易だ。小骨をご飯皿の隅にまとめて置いていく。
カレー自体は、淡水魚を料理する際に使う香辛料と、調理方法を模していた。ショウガが良く効いていて、ターメリックによる苦味と、菜種油の香りをベースにして、各種香辛料を調合して加えたものだ。
この香辛料の香り成分には、揮発性のものが多いので、調理の最後に加える。また、唐辛子やコショウといった、刺激の強い香辛料は、使わないのが基本である。
従って、味の方は穏やかで、菜種油を強く感じるものになる。ニジマスの味も、淡白で繊細なものなので、このような料理方法が適しているのかも知れない。
ただ、ニジマスは身にそれほど脂身が無いので、テラピアやナマズを食べた時のような、トロトロ感は無い。
ちなみに、食堂のドリンクメニューには、白ワインも記載されていたが、ゴパルは頼まなかった。単に、微生物学者のくせに、ワインの知識が乏しいせいだ。
しかし、注文しなくて正解だっただろう。ショウガの風味が強い料理なので、白ワインとは相性が悪いのだ。強引にピノグリ種にしても良いが、残念ながら、この食堂には置いていなかった。あるのは、デラウェア種の白ワインだ。
国産の白ワインなのだが、クシュ教授が関与しているブドウ園やワイン酒造所ではなかった。恐らくは、日本の団体が技術指導しているものだろう。
デラウェア種は、ワインに加工する他に、果物として、そのまま生でも食べる事ができる品種だ。
栽培方法も、棚を作って藤のように枝を大きく広げる方法で、密植の列植えが標準的な欧米の栽培方法とは異なる。
なお、クシュ教授が関わっているブドウ園の白ワイン用品種は、トレビアーノ種だったりする。これも、安い白ワイン用の品種で、ショウガ風味とは相性が悪い。
普通の学者であれば、白ワインを頼んで、風味を調べても良さそうなものだ。しかし、ゴパルには、その気は無さそうである。
代わりに、ニジマスのカレーをパクパク食べている、彼の垂れ目が細められた。
「うん。こういう味付けもアリかな。ちょっと身が、ポロポロしているけれど」
ゴパルは、このカレーが気に入った様子である。大根の香辛料漬けを一つかじって口直しをして、続いて、フィレ肉の炭火焼きを手でつまんだ。小骨を器用に指で取り除いて、一口食べる。
「これも香辛料は控えめだね。でも、これも身が崩れやすくて、少し食べにくいな」
フィレ肉は、ニジマスを三枚に下ろした身の部分だが、やはり包丁の技術が甘いのか、小骨が結構残っている。包丁の切れ味も良くないようで、フィレ肉の表面がギザギザだ。
それでも、刺身で食べるわけではないので、香辛料焼きで食べる分には特に支障は無かった。ただ、ニジマスの身が、崩れやすくなってしまっているが。それに、小骨を、口の中から取る手間も必要だ。
使っている香辛料は、テラピアやナマズの串焼きである、カバブを真似しているようだ。これもまた、ニジマスの身に脂身が乏しいので、相対的に香辛料が、少し効き過ぎているような気がするゴパルであった。
食堂で供される白ワインとは、これも相性が悪い。普通の焼き魚であれば、ソーヴィニヨン種が適する場合が多い……のであるが、これは香辛料が強めに効いている料理なので、かなり微妙になってしまう。魚臭さを感じてしまうためだ。
もちろん、デラウェア種や、トレビアーノ種とも相性が悪い。
しかし、今のゴパルは水なので、全く問題無さそうである。パクパクと食べて、ご満悦だ。
「山の民宿で食べる分には、これでも十分だね」
白ご飯は、山米では無く、普通の政府推奨米だった。首都で毎日食べている風味なので、がっかりする。
「あれだけ耕作放棄地があれば、そうなるよね……」
料理を綺麗に食べきって、水場で手を洗う。その足で、会計カウンターへ向かった。
「美味しかったよ。民宿ローディの場所を、教えてくれると助かります」