生ゴミ処理
ゴパルとカルパナが歩いてルネサンスホテルへ到着すると、すぐに協会長と給仕長が外に出て出迎えてくれた。なぜかアバヤ医師まで居るが。
カルパナが謝った。
「遅れてすいません、ラビン協会長さん、ギリラズ給仕長さん。バイクがレイクサイドを抜けた辺りで故障してしまいました」
協会長が穏やかな笑みで答えた。
「聞きました。エンジンが急に暴走したそうですね。無事で何よりです。アンバル社長には私からも注意をしておきますね」
既に協会長の耳に情報が届いている事に驚愕するゴパルだ。
「えええ……事故が起きてから十五分も経っていませんよ。私達が到着するよりも早くその事が知れているなんて」
協会長が軽く肩をすくめて笑った。
「ポカラは狭いですからね」
日本酒や古代酒の試飲会はホテル内の会議室で行うというので、今はその準備中という協会長の説明があった。
手伝おうと申し出たカルパナとゴパルに、協会長が穏やかな笑みを浮かべて断る。
「人手は足りていますので大丈夫ですよ。それよりも搬入口にある生ゴミ処理区を見てもらえませんか? ゴパル先生」
給仕長は試飲会の準備をしにホテル内へ戻っていった。協会長に案内されるままにホテルの西側にある搬入口へ向かうと、なぜかアバヤ医師も一緒についてきた。
「上手くいっていると聞いてな。ちょいと同行させてもらうよ」
搬入口へ着いたゴパルが感心した。
「悪臭がほぼ消えていますね。ボカシの発酵臭が薄っすらとするくらいですか。それとKLの臭いくらいかな。ハエもかなり少なくなっていますね」
コンクリートの床を歩いて再び感心した。
「あっ、床が滑らなくなっていますよ。脂が分解されているんですね。さすが亜熱帯のポカラだなあ、冬でもしっかりと微生物が働いてるのか」
アバヤ医師もゴパルと同じような感想を抱いているようだ。興味深くキョロキョロしながら小さく呻いた。
「ほお……ここまで変わるものかね。ワシの病院でも取り入れてみるか。病院食は近くのレストランから取り寄せているんだけどね、ちょっとした軽食なんかは病院で作ってるんだよ」
カルパナは特に驚いた様子は見られなかった。協会長と話をしてからゴパルとアバヤ医師に振り返る。
「パメの家でもこんな感じですよ。毎日接していますから変化に気がつきませんでした。言われてみれば変わりましたね」
その後は、生ゴミボカシを入れて発酵熟成させている二百リットルタンク群を確認するゴパルだ。タンクの形がまた変更されていて、最初から二重底になっている。ポカラ工業大学に頼んでタンクを作ってもらったのかな、と想像するゴパルだ。ネコ車や人力車でも運びやすいように、取っ手や液肥の排水バルブ等が配置されている。
その液肥も採取して臭いや色を確認したゴパルが満足そうな笑みを協会長に向けた。
「上出来ですね、ラビン協会長さん。良い発酵具合ですよ」
ほっとする協会長だ。
「お墨付きが出て良かったです。生ゴミボカシや液肥は周辺の契約農家に無料で引き取ってもらっています。好評ですね。これで次の段階へ進む事ができますよ」
協会長がタンクをポンポン叩いて話してくれた。ポカラ工業大学が試作した生ゴミ処理機が完成したので、今後はそれを使う事になるそうだ。
「元清掃カーストの人達で会社を作ってもらいました。今後は、この会社で生ゴミ処理と肥料販売を行ってもらいます」
今後は、ホテルやレストランでは、生ゴミに米ぬか嫌気ボカシをふりかけてタンクに入れておくだけになる。
この会社がトラックで巡回してタンクを回収し、生ゴミ処理機械でボカシ肥料にするという流れだ。できたボカシ肥料や液肥は農家に安価で販売する。
油脂についてはメチルアルコールを添加してから、石灰石を触媒に使ってバイオディーゼルにする。しかし、バイオディーゼル製造だけではコスト高になる。
そのため、使用済み触媒と廃棄物のグリセリンにリン酸を添加して、グリセロリン酸カルシウムを作るらしい。これは食品や医薬品のカルシウム強化剤として利用できるので高値で売れるという事だった。
スマホで録音しながら、感心して聞いているゴパルに協会長がニッコリと笑った。
「これでゴミ問題は何とかなりそうです。袋は全て生分解性に切り替えましたしね。スルヤ先生が削岩器を改造して、振動する臼のようにしてくれまして、豚の骨でも静かに破砕できるようになりました」
素直に喜ぶゴパルだ。
「良かったですね、おめでとうございます」
こっそりと、牛の骨も粉にできましたと告げる協会長だ。しかしガラスや金属、硬質プラスチックは粉砕しても危険物なので、ホテルやレストランで分別を徹底させるという事らしい。違反者には罰則も設けられていると話してくれた。
アバヤ医師が腕組みをして、軽く首をすくめた。
「むむむ……分別回収か。それでは一般の家庭ゴミでは無理だな。守るとは思えない」
協会長も同意した。
「当面は富裕層向けのサービスになると思います。契約農家との農産物販売と紐づければ良いでしょう。ポカラ市のゴミはポカラ市役所に任せますよ」
カルパナも少し思案している様子だ。
「パメの家の生ゴミ処理も任せてみようかな。弟夫婦と相談してみますね。でもこれで有機肥料の不足問題が一気に解決できます」
ネパールでは有機農産物を作っても高く売れる保証はない。仲買人が買い叩くのと、有機農産物の流通経路が開拓されていないためだ。有機栽培の認証制度も普及しておらず、カルパナの畑も多くが有機認証を受けていない。
一方でネパール国内では化学肥料を生産していない。全てインドや中国からの輸入だ。そして毎年、この輸入量の枠決めで騒動が起きるのが通例である。化学肥料は水田稲作に優先して配分されていくので、野菜や果樹栽培では不足気味になる。
こういった不安要素を有機肥料で補うというのが協会長の考えだ。
カルパナは有機農業を目指しているので、完全に賛成というわけではない。化学肥料と農薬を完全排除するのが彼女の目標である。しかし、今回のように有機肥料の生産が増えるのであれば、喜んで協力するつもりのようだ。
搬入口を出てホテルのロビーへ向かう協会長達が、消毒液を満たした浅い池で靴底を洗う。カルパナもそうしてから、向かいの王妃の森を見上げて軽く手を振った。ゴパルも見上げると、森の木の枝に十数羽のカラスがとまっていた。
靴底を洗い終えたゴパルにカルパナが微笑む。
「これでカラスさん達にも臭くない餌を与える事ができます」
やはりカラスに餌付けしていたようである。
前回来た時と違う点はもう一つあって、搬入口にカラス用の餌台が設けられていた。特に誰も指摘していなかったが、カルパナが関わっている事は自明である。今は餌台は空になっているのだが、生ゴミボカシを与えているのだろう。
ゴパルも特に何も指摘せずに、素直に喜んでいる。
「カラスも健康になりそうですね」
カラスの群れは枝に留まりながらもチョコチョコと横移動していて可愛らしい。カルパナには大いに反応しているのだが、ゴパルや協会長達には無関心のようである。




