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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
とりあえず使ってみた編
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麦芽種菌

 ナウダンダから千メートルほど下ったパメのカルパナ種苗店に着くと、ビシュヌ番頭がチヤを用意して待っていた。ゴパルが担いでいたリュックサックを受け取って、切れ長の目を細める。

「ようこそゴパル先生、カルパナ様。チヤ休憩してください。スバシュ君は倉庫の中で種菌作りの準備を整えていますよ」

 ゴパルがチヤの礼を述べて早速すする。垂れ目を閉じて心底ほっとした表情になった。

「冬のチヤも良いですね」


 ビシュヌ番頭がリュックサックを会計カウンターの奥に入れて、接客を再開した。既に数名の地元客が店内で花を品定めしているので、その花の説明をし始めている。やはりランの鉢が人気のようだ。品種は前回訪問した時と変わっていなかったが、すっかり花の名前を忘れていたゴパルであった。

 今更もう一度聞く気にもならなかったので、隣でチヤをすすっているカルパナに話題を振った。

「カルパナさん。替えのバイクですが、調子が悪いのでしたら今のうちに電話して再交換してもらってはどうですか?」

 カルパナがチヤをすすりながら、困ったような表情を浮かべた。

「平地でしたら、ゆっくり走れば特に問題はないのですよね……今日明日はナウダンダへ上る用事はありませんし、あってもスマホで電話やチャットをすれば済む事ばかりです」


 ゴパルも運転免許を持っているのだが、めったに運転しないので素直に納得したようだ。チヤを飲み終えて、近くの棚の上にグラスを置いた。汗はまだ乾いていないが、疲れは特に感じていない様子である。

「そうですか。チャパコットもバイクで行けるのは山の斜面の下まででしたね。ハウス棟へは歩いて上る事になるから、あまり困らないのかな」

 カルパナもチヤを飲み終えて、ゴパルのグラスの隣に置いた。

「今日はシスワやレカちゃんの所へ行く予定もありませんし、多分大丈夫です。それではスバシュさんが待っていますから、急ぎましょう」


 倉庫の中ではスバシュもチヤ休憩をしていた。ゴパルとカルパナに合掌して挨拶をして、得意気にキノコの種菌作りに使う道具を見せてきた。

「こんにちは、ゴパル先生、カルパナ様。準備万端ですよ」

 ゴパルが陸送便で運ばれてきた箱に入っているエリンギのキノコを確認した。そして、スバシュとカルパナに謝った。

「すいません、スバシュさん、カルパナさん。日本のキノコ種菌会社が急に種菌提供を取り止めてしまいまして……クシュ教授に泣きついてバングラデシュ産のエリンギのキノコを取り寄せました。種菌じゃなくてキノコになってしまい、申し訳ありません」


 種菌であれば既に菌糸が培地に張っているので、それを切り取って別の培地に移植して増やす事ができる。

 キノコしかない場合では、前回のヒラタケと同じくキノコ片を切り取って組織培養をして、培地に菌糸を張らせるしかない。


 しかし、スバシュはニコニコ笑顔だ。早速チヤを飲み終えて、グラスを倉庫の棚の上に置いた。

「組織培養でも全く構いませんよ、ゴパル先生。これって、バングラデシュで自生していた野生のエリンギですよね。組織培養できれば他のエリンギと違う風味が出るかもしれませんよ」

 カルパナもこの事を知っていた様子だ。微笑みながらゴパルを促した。

「ゴパル先生が来る前に、ちょっと味見をしてみました。香りが違っていて美味しかったですよ」

 ゴパルが両目を閉じて頭をかいた。

「ポカラに気候が近い亜熱帯産のエリンギだそうです。クシュ教授のバングラ観光……ごほん、ごほん、出張ですね。それに意味があったので良かったですよ」

 そうは言ったものの、まだ半信半疑のゴパルであるが。

「組織培養すると、野生キノコでも風味が変化して凡庸化する場合があるそうです。あまり過度な期待はしないでくださいね」


 エリンギの組織培養であるが、おおまかな手法はヒラタケの時と同じだ。違う点はジャガイモを使わずに麦芽を煮て作った、麦芽エキス寒天培地を使う所だろうか。

「麦芽エキスは国内のビール会社の研究所から買いました。汎用小麦の麦芽ですが、ビールに使えるのでエリンギにも使えると思います」

(多分ですが……)

 と、心の中でつぶやくゴパルであった。ラメシュが自信満々で勧めてきたので、彼を信用する事にしたようだ。

「名称は麦芽エキス寒天培地で略称がMEAなのですが、面倒なので麦芽種菌と呼びましょう」

 そして、ゴパルが麦芽種菌作りを始めた。

 作業内容はジャガイモ種菌とほぼ同じなので、スバシュやカルパナもすんなりと理解できているようである。そのため、今回は撮影をしていない。


 しばらくして、完成した麦芽種菌を手にしたゴパルが冷蔵庫に視線を向けた。既に麦芽エキス寒天培地の上には、エリンギの小さなキノコ片が乗っている。

「亜熱帯性のキノコですので、二十五度の暗所で十日間ほど培養してください」

 ゴパルが瓶の中のキノコ片を眺める。

「白い菌糸が培地を覆ったら、冷蔵庫に入れて五度で熟成させます。その後は、ヒラタケ栽培と同じくソルガム種菌を作ります」

 了解するスバシュとカルパナだ。


 次に、ゴパルが倉庫の一角に山積みされている袋に視線を向けた。

「菌床の材料はエリンギの場合、大豆稈です。ちゃんと保管していますね。カビや虫が発生していないかどうか、今一度だけ確認しておいてください」

 スバシュとカルパナが顔を見交わして、目をキラキラさせた。

「分かりました、ゴパル先生。後はこのスバシュにお任せを」

「ついに念願のエリンギ栽培ですね。楽しみです、ゴパル先生」


 ゴパルが照れている。

「あまり過度な期待はしないでくださいね。栽培種のエリンギを使っていませんので、何が起きるか予測できません」

 カルパナが自身のスマホで時刻を確認した。

「ちょっと早い時間ですが、ルネサンスホテルへ向かいましょうか。サビちゃんとレカちゃんの手伝いをする約束をしていまして。ゴパル先生はロビーで休んでくださいな」


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