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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
とりあえず使ってみた編
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桃の接ぎ木苗畑

 接ぎ木苗の畑は網柵で囲まれていて、その外側に麻のロープが一本張り巡らされてあった。ゴパルがそのロープを見て微妙な表情になる。

「あまり目立ちませんね。貼り紙とか電飾とか付けてみてはどうですか? カルパナさん」

 カルパナも同じ意見のようで、素直にうなずいた。

「そうですよね……ですが、電線を張ると触れて感電する人が出るかもしれません」

 ネパールの電圧は220ボルトである。素手で触れるとかなりのショックを受ける。


 ゴパルがさらに微妙な表情になって腕組みをした。

 カルパナの説明によると、このロープを支えている支柱のいくつかには、地面の中にもみ殻燻炭と岩塩を埋設しているという事だった。

 ロープも支柱に沿って埋めて、土中のもみ殻燻炭と岩塩に接しているという構造だ。もみ殻燻炭はそのままではアルカリ性が強い。そのためKL培養液に漬けこんで、ある程度中和させているらしい。岩塩は粉状にしていて、これも米ぬか嫌気ボカシに混ぜ込んで使っているという事だった。

 KL培養液やボカシに使った水は、ヒンズー寺院にある行水用の水道水を使っている。いわゆる『聖なる水』だ。

 以前にゴパルが軽い気持ちで提案した、KL培養液を詰めたボトルにロープの先を突っ込んでおく……というのは残念ながら却下されてしまったようである。ボトルの中に色々なムシが入ってしまい、KL培養液が腐ってしまったらしい。


 近くに立っている木製の電柱に、ゴパルが目を向けた。

「それでは、電柱にロープを巻きつけておくのはどうでしょうか。麻ロープですので電気は流れませんが、注意を引く効果はあると思いますよ。後で隠者様に『悪しき心を持った人には、電撃が襲うであろう』とか何とか言ってもらえれば良いかと」

 カルパナがクスクス笑いながらも真面目に受け取った。

「隠者さま基準では、不信心な人という事になりますね。トマトを栽培して食べている私も電撃を食らうかもしれません。ですが面白そうですので隠者さまと相談してみますね」

 そして、上の方の桃園に視線を向けた。

「桃園には電線も電柱もありません。どうしましょうか、ゴパル先生」

 ゴパルが軽い気持ちで答えた。

「バイクのバッテリーや乾電池なんかを麻ロープで縛ればどうでしょうか。電池は直流ですけれど、まあ別に構わないでしょう。高価なバッテリーですと盗まれたりしますので、廃棄バッテリーや使用済み電池を使うと良いかと」

 これまた大真面目に聞くカルパナであった。

「分かりました。その方法で相談してみますね」


 そんな話をしてから桃の接ぎ木苗の畑へ入るゴパルとカルパナであった。外から土やゴミ等を持ち込まないように、網柵の中に消毒液を溜めたタンク内で靴底を洗う。ちょうど豚舎や鶏舎に入る前に行う靴底消毒と同じだ。

 その後で、カルパナに許可をもらってスマホで撮影を始めるゴパルだ。畑には整然と接ぎ木苗が植えられていて、作業員が生ゴミ液肥や、光合成細菌に生卵を加えた液を散布している。土ボカシも積極的に使われているようだ。

 キノコ栽培でも使われた竹製の簡易ハウスも建っているので、その外観も撮影した。

「桃の接ぎ木苗って初めて見ました。今の桃の苗って、全てゲノム編集や遺伝子組み換えされている品種ばかりなんですよ」

 カルパナが難しい表情になった。

「ここの接ぎ木苗を買いたいという人が、ひっきりなしに来ています。全員お断りしていますが心苦しいですね」

 ゴパルが努めて明るい口調で励ました。

「モモシンクイガの幼虫を殺す農薬がそろそろ開発されます。人体には無害です。同時に病気のワクチンも開発が最終段階だと聞いています。それらが普及してからであれば、苗木を売っても心配ないはずですよ」

 カルパナは無農薬の農業をしている農家なので、それを聞いても微妙な笑顔だ。

「そうですか……農家の負担や心配が減るのでしたら、私も反対はしませんよ」

 そう言ってから話題を変えた。

「ここで行っている育苗を簡単に紹介しますね、ゴパル先生」


 簡易ハウスの中へ入ると、育苗ポット苗が台の上に整然と並んでいた。

 ハウスの天井や梁には、散水パイプが取りつけられている。霧状のKL培養液と光合成細菌の希釈液が散布されていたが、カルパナがスイッチを切って止めた。仕組みはランや花卉ハウスと同じだ。

「接ぎ木用の台木をここで育てています。ここで実った桃の種を発芽させて使っていますよ」


 接ぎ木苗には、台となる木の苗が必要になる。この台の地上部を切り落として、目的の枝を接合させたのが接ぎ木苗だ。根の部分と地上部とは別の木である。

 カルパナの説明によると、前の年に収穫した完熟桃の実から種を取り出しているという事だった。取り出した種は水洗いして、果肉を完全に洗い落とす。そしてハンマーを使って固い殻を叩き割り、中から種を取り出す。種は湿らせた水苔で包んでからプラスチック袋に入れて、冷蔵庫で保管する。

 翌年の西暦太陽暦の二月から三月の間に、冷蔵庫から取り出した種を、育苗土を詰めたポットに一粒ずつ植えつける。ここで使っているポットの直径は十二センチという事だった。

 土が乾かないように水やりして、発芽したらこの簡易ハウスの中で育てるという手順だ。

 以降は、土ボカシや生ゴミ液肥を与えながら育てていく予定らしい。カルパナがズラリと並んでいる苗木に触れて微笑んだ。

「KLを使った育苗土も、ここで使う予定です。今の所は、苗木の生長が良くなったという印象ですね」


 ゴパルが腕組みをして、残念そうな口調で呻いた。

「うーん……この種から育てた苗を台木にしないで、そのまま苗として育てる事ができれば最高なのですが……」

 呻く途中で考え込む。

「あっでも、種から発芽した苗って性格が様々で、桃の実の品質もバラバラになってしまう欠点があるか。ゴビンダ教授に何か良い方法がないか、今度聞いておきます」

 カルパナも素直に同意した。

「お願いします。私からもメールとか送ってみます。有機農業を目指している私としては、種から育てる苗木を使ってみたいですね」

 話しながら微妙な表情を浮かべる。

「挿し木や接ぎ木苗って、実の所……少し違和感があるんですよ。不自然というか何というか」


 商業生産では、均一な品質の桃の実を毎年安定して収穫する事が目標になる。多くの農家もそれを望んでいる。そのため、種から育てる苗木というのは向いていない。

 今、首都で普及が始まっている改良された桃も、種から育てているのではない。ここのように枝を使って増やしてもいない。細胞培養によるものだ。

(野菜の自家採種を続けているカルパナさんだから、こういった興味も出るのだろうな)

 ちなみに、種から育てた苗を実生苗みしょうなえと呼ぶ。接ぎ木苗とは別の育苗方法だ。


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