バケツサラダと水牛料理
そのサラダだが、本当に牛の餌にもできるような大盛りだった。
サラダボウルの深さは五センチほどだが、直径は二十センチもある。その中に、葉脈を除去された葉野菜がぎっしりと詰まっている。申し訳程度に半割りのゆで卵が一個添えられていて、これでもかと辛子入りのドレッシングがかかっていた。
目を点にして狼狽しているゴパルにサビーナが優しく微笑んで、赤ワインのグラスを掲げた。
「これが俗にいう『バケツサラダ』ね。立派な家庭料理なのよ。さあ、気合入れて食べなさいゴパル山羊。完食しないと、次の肉料理を出してあげないからね」
両目を閉じて観念したゴパルがサラダボウルを抱え込んで、フォークをサラダに突き立てた。
「ガンバリマス」
それでも葉脈を取り除いた葉っぱなので、意外にすんなりと完食できたゴパルとサビーナ、それにレカであった。
グラスに注がれた赤ワインを空けながら、ゴパルが口元を緩めている。
「気合を入れれば何とかなるものですね。寒い時期の葉野菜が美味しいせいもあるのかな」
サビーナとレカも赤ワインを飲みながら穏やかに笑い合った。
「砂塵も多く葉っぱに付いているから、洗い落とす作業が大変だけどね。この時期ならではの風味ってのは確かにあるかな」
レカも今はスマホ盾を構えておらずに、喜々として赤ワインを楽しんでいる。かなりリラックスしてきたようだ。
「オリーブ油のブレンドも良い感じだったー。さすがサビっち」
そういえば、リテパニ酪農産のバージンオイルだったっけ、と思い起こすゴパルだ。首都で今の時期に使うと、寒さで固まってしまうんだろうなあ……と思う。
サビーナが給仕に合図を送った。
「よーし、断食明けの食事に向けてお腹の準備が整った感じ。メインディッシュいくわよ」
パン工房で焼かれたバゲットのスライスが先に運ばれてきて、バターもテーブルの上に置かれた。
その後で給仕が水牛肉の赤ワイン煮込みを運んできた。大皿盛りではなくて、それぞれの皿に盛りつけられているのだが……ゴパルが目を点にした。
「これまた量が多いですね」
深さは三センチで直径は十五センチほどなので、先ほどのサラダボウルよりも小さい。しかし今回は葉っぱではなくて、肉の塊がゴロゴロ入っている。赤ワインをしっかりと使った色の濃いソースも量がたっぷりだ。さらに別の皿には焼きトマトと焼きナスが盛られている。
サビーナも面食らった様子だったが、コホンと小さく咳ばらいをした。
「無理そうなら包んで持ち帰りにするわね。まったく、副シェフめ。調子に乗ったな」
レカが早速ナイフとフォークを使って肉塊を切り始めた。まるで動じていない。
「それじゃあ試食するかー。お持ち帰りするからよろしくー」
切った肉にたっぷりとソースを絡ませて、パクリと食べた。レカのメガネがキラリと光る。
「うーまーいー。肉にちゃんと火が通ってて柔らかいー。でもちゃんと水牛の味がするー。ソースも良い感じー」
続いてゴパルも食べてみた。こちらも垂れ目がキラリと光る。
「水牛肉ってモモしか食べた事がないんですが、美味しいですね。牛とは肉質が違いますが、煮込んだのは正解だと思いますよ」
ほっとした表情になるサビーナだ。彼女が最後に食べて、静かにうなずいた。
「ん。まあこんなものかな。家庭料理としては使えるわね」
赤ワインを飲んでから、軽く肩をすくめて笑った。
「ネワール族やグルン族の富裕層から水牛料理を増やせって言われててね。あたしはチェトリ階級だから、水牛肉には縁が無いでしょ。心配だったんだけど、良い感想を聞けて良かったわ」
その後は、ひたすら料理を平らげるべくフードバトルする三人であった。結局、完食できたのはゴパルだけだった。他の二人は持ち帰る事にしたようだ。
「ゴパル先生、この後はどういたしますか?」
給仕が一応ゴパルに聞くが、食後のチーズやデザートは全て断るしか選択肢は無かったようである。頭と腹をかきながら謝るゴパルだ。
「すいませんサビーナさん。準備していたのですよね。胃腸にもう隙間が残っていません」
サビーナが赤ワインをチビチビ飲みながら口元を緩めた。
「謝らなくても良いわよ、ゴパル君。あたしも完食できなかったし。断食明けじゃなければ、もう少し頑張れたんだけどな」
レカは既に会議室の隅にあったソファーに逃げて横になっている。
「た……食べ過ぎ、た。げふ」
その姿を見たゴパルが何か思い出したようだ。サビーナに知らせた。
「ラメシュ君から連絡がありまして、エリンギ栽培を開始できるようですよ。来週に種菌が届くそうです。良かったですね、サビーナさん」
サビーナがレカの寝姿を見てから、軽いジト目になって微笑んだ。
「フクロダケの菌床みたいになってるわね。朗報を聞けて良かったわ。エリンギって本当によく使うのよ。栽培成功を期待しているわね」




