低温蔵の外
一方、低温蔵の外に逃げ出したラメシュは、カルナとチヤをすすっていた。彼女もアルジュンや叔父のニッキと一緒にここへ上ってきたという話だった。
外は一面の銀世界で、青空との対比が美しい。外国人観光客も多くが外に出ていて、野外のベンチに腰掛けて酒やらジュースやらを飲んで談笑している。
そんな観光客を眺めながら、カルナがつぶやいた。
「意外にネパール人の観光客も居るのよね。やっぱり雪を見たい人が多いって事か」
ラメシュがチヤをすすりながら素直にうなずいた。気温が低いので吐く息が真っ白だ。
「そうですね。私もこんなに積もった雪景色を見るのは初めてです。野生キノコの採取では高地の針葉樹林帯にも入りますが、雪が降る前に採取を終えてしまうんですよ」
カルナもチヤをすすって小さくため息をついた。
「雪が積もると仕事ができなくなるのよね。今はセヌワでナングロっていう細竹製のザルを作ってるんだけど……ここでこんなに積もってたらセヌワでも積もりそう」
セヌワはABCよりも1800メートルほど標高が低いのだが雪が積もる。
ラメシュがナングロと聞いて、背後の民宿の看板を見上げた。民宿ナングロと大きく英語で書かれてある。訳すと『民宿竹ザル』だ。
「確かに竹やぶに雪が積もったら、危なくて中へ入れませんね」
カルナが軽く首を引っ込めて目を閉じた。
「冬は竹の加工にもってこいの季節なんだけどね。でもナングロを売って、この月は二万ルピーくらい儲けたわよ」
おおよそ二万円くらいだろうか。結構良い副収入である。
ラメシュが賑やかになってきた低温蔵を見てから微妙な表情になった。
「私は博士課程ですので今は無収入ですね。低温蔵と首都を行き来するので、バイトする時間もありませんよ」
カルナがチヤをすすって口元を緩めた。
「本当に、大学の先生って金欠なのね。ナングロ作りのバイトでもする?」
ラメシュがチヤをすすって真剣に考えていたようだが、結局否定的に首を振った。
「ここでは雪が積もっているので湿度が高すぎますね。洗濯物がなかなか乾かないので、竹も同じかと。来月になれば暑くなるはずなので、湿度も下がるのかな」
カルナが小首をかしげて考えている。
「そうね……ラリグラスの赤花が咲く頃になると暖かくなるかな。ゴレパニがラリグラスの花見で有名だけど、セヌワでも結構見応えあるわよ」
ラリグラスというのはシャクナゲの木の事だ。ネパールでは赤い大きな花をつけるので国花にもなっている。
ラメシュが首を引っ込めて答えた。
「ラリグラスって有毒植物なので、キノコ採取では避けていたんですよ。そうですか……来月の花見を楽しみにしますね」
そう言ってドンチャン騒ぎが始まった低温蔵をジト目で見つめた。
「ああいう楽しみ方は苦手なのでしませんけど」
低温蔵からは、手太鼓の音まで鳴り始めた。マーダルと呼ばれる直径二十センチ弱、長さ五十センチほどの筒型の太鼓だ。
筒の両端に皮を張ってあり、それを両手で叩く。皮の中央には黒いゴム膜を貼りつけているので、それを叩く事で多様な音を出す事ができる。まあ、それでもポコポコという感じの音なのだが。
そのリズムに乗ってグルン語の歌が低温蔵から聞こえてきた。カルナがジト目になって、呆れた表情で聞いている。
「大賛成ね。この分だと、今晩はここで泊まりそうな勢いだな。さっさと見切りをつけてセヌワに戻るか」
ラメシュが感心してチヤを飲み終えた。
「仕事熱心なんですね、カルナさん。ゴパルさんに説教してやってください」
カルナが両目を閉じて口元をこわばらせた。
「今歌ってるのが、結構なセクハラ曲なのよ。このまま聞いていると、殴り込みをかけたくなるから帰るわね」
グルン語の歌だったのでラメシュには理解できなかったようだ。カルナの両耳が赤くなっているのを見て、ラメシュが軽く首を振った。
「では、私からアルジュンさんにカルナさんがセヌワへ戻ったと伝えておきますよ。低温蔵での乱闘は事前回避しましょう」




