ジンジャーエール
どうやら地雷を踏み抜いてしまったらしい。すぐに給仕長が運んできた白ワインのジンジャーエール割りを受け取るゴパルだ。
「本物……って。ショウガ汁を発酵させたものでしょ?」
無言で圧力をかけてくるサビーナだ。仕方なく一口飲んで……咳き込んだ。
「げほげほげほ……な、なななな何ですかコレ。すっごいショウガ汁ですよっ」
サビーナがドヤ顔になってゴパルを見据えた。かなり愉快そうである。
「それが何か? ちなみにアルコール度数もそれなりにあるわよ」
肩を震わせて笑いを堪えている給仕長が、ゴパルに説明してくれた。
「本来のジンジャーエールってこういうものなのですよ。サビーナ総料理長のような原理主義者が居ますから、軽々しく口に出さない方がよろしいかと」
アバヤ医師は既に洗礼を受けていたようで、試飲を華麗に回避していた。
「原理主義者には説得は通用しないからな、ゴパル君。このショウガはインド原産だ。原理主義者どもは多いぞ」
その時、口論がピタリと唐突に終わった。次の瞬間、ドイツ人と米国人の教授がジンジャーエールに殺到してくる。そして、香りをかいで大喜びし始めた。
「本物だ、これは本物だ」
「飲ませてくれ給仕長さん! これは飲む義務があるのだっ」
ここにも原理主義者が居たらしい。サビーナが満面の笑みを浮かべた。
「わしに任せろっ。ギリラズさん、本物のジンジャーエールをロックで二つ頼むわっ」
クシュ教授が口論を終えて満足そうな表情でゴパルの隣に戻ってきた。
「サビーナさんって、一人称が『わし』だったっけ?」
ゴパルが記憶をたどって答えた。
「サビーナさんは調子に乗ると、ああいった口調になるそうですよ。私も一回だけ聞いた事があります」
その後は、チョコケーキやシュークリーム、それにアイスクリーム等のデザートを食べて食事会が終了した。アバヤ医師が締めのコニャックを飲み干して、クシュ教授達を誘う。
「それでは、夜のレイクサイドへ突撃しましょうか。バーを予約してますぞ」
クシュ教授がゴパルの肩をポンと叩いた。
「では行ってくる。ゴパル助手はゆっくりと部屋で休んでくれたまえ」
ジト目ながらも、ほっとした表情になるゴパルであった。
「はい、教授。酒を飲み過ぎて翌日に支障が出ない範囲内で頼みますね」
米国とドイツの教授は上機嫌で、サビーナとジンジャーエール談義を続けている。残った日本人技術者のモリがゴパルの所へやって来て礼を述べた。
「今夜はとても有意義でした。ありがとうございますゴパルさん」
ゴパルが照れながら答えた。ちなみに二人ともに英語で話している。ゴパルはインド訛りでモリは日本訛りだが。
「そう言ってもらえると嬉しいですね。エリンギの件、よろしくお願いします」
モリが素直にうなずいてから、小声になった。
「ポカラで思い出したのですが、近々ヤマという日本人がポカラへ来るはずです。今、首都カトマンズで水道事業が行われているのですが、その一環でポカラでも水道事業を始めます。その現場責任者としてポカラへ常駐すると聞きました」
モリの声がさらに小さくなった。
「ヤマさんは曲者ですので、どうか気をつけてくださいね。根は良い人なのですが、行動がちょっと。首都の日本人会でも距離を置かれているような人です」
ヤマという単語を聞いて、思わず不穏な雰囲気を感じたゴパルであった。ネパール語ではヤマは閻魔大王に近い意味がある。ぶっちゃけると死神のイメージに近い。
「情報ありがとうございます。注意しておきますね」
モリがニッコリと微笑んだ。ホテルの外にタクシーがやって来て、アバヤ医師が招集をかけている。ジンジャーエール談義を続けていたドイツと米国の教授が、ニコニコしながら応じた。
モリにも手を振ったので、手を振り返して応えるモリだ。
「エリンギの件は任せてください。では、バーに行ってきますね」
クシュ教授達はアバヤ医師に引率され、タクシーに乗って走り去っていった。赤いテールランプが見えなくなるまで見送ったゴパルが、大きく背伸びをする。
「うー……終わったー」
協会長が同情しながらゴパルを労ってくれた。
「お疲れさまでした。後は部屋でゆっくりとお休みください」
ゴパルが月明りに浮かぶアンナプルナ連峰とマチャプチャレ峰、それらが逆さまになって映っているフェワ湖を見てから振り返った。
「少し夜景を楽しんでから、そうしますね」




