雑談
食事が終わり、チーズの時間になった。ただ、現状ではチーズを作っているのがリテパニ酪農だけなので、種類は限られているが。
今回は牛と水牛と山羊のチーズが出てきた。発酵チーズや青カビ、カマンベールチーズは、まだ試作段階なので出せないという給仕長の説明だった。がっかりするゴパルである。
「うん……まあ普通に考えればそうなりますよね」
それでも、米国とドイツの教授は興味津々の顔つきになっている。一方の日本人技術者はチーズ嫌いのようであった。手をつけずにパンばかり食べている。
熟成チーズでは、青カビやカマンベールチーズとは別の微生物を使って発酵させている事が多い。やはり微生物が絡むと皆生き生きし始めるようだ。あっという間に、チーズの製法と採用すべき微生物を巡っての口論が始まってしまった。
微生物の学名やら、発酵に使われる薬品の構成分子式(しかも略称を使っている)やらが参加者の口から飛び出てくるので、部外者には全く理解できないようだ。
キョトンとして聞いている給仕長と給仕達である。サビーナも仕事を終えて顔を出したが、同じような表情をしていた。着替えてきたようで、白いコックコートと黒いコックシューズ共に清潔だ。
「ゴパル君。これって何語なのよ。ずいぶんと汚い感じのする言葉ね」
ゴパルが頭をかいて両目を閉じた。
「ええと……ラテン語と学術英語なのですが、印象が悪いですよね……」
一応ラテン語の名誉のために書いておくが、ラテン語そのものは日本人が聞いてもキレイな印象を持つ言語である。今は話し手がよろしくない。
ゴパルが口論を翻訳する形で、サビーナと給仕長、それにアバヤ医師に説明した。
「先程まではチーズ作りに好適な温度や湿度の話題でした。今は配合飼料を与えて飼育した家畜と、草だけの家畜とで香り成分がどう違うのかという話になっていますね」
サビーナが給仕長と視線を交わしてから、口論会場を見据えた。
「そりゃあ餌が違うんだから風味も違うわよ」
ゴパルが両目を閉じて同意した。
「ですよねー……」
実際の口論では、香気物質の化学構造式のどの部分が重要かとか、この部分を変えるべきだというような内容なのだが、面倒臭いのか翻訳しないゴパルであった。
代わりにサビーナと給仕長に別の話題を振った。
「バクタプール酒造のワインですが、今回も飲んでくれませんでした。高級ワインへの道は険しいですね」
給仕長が穏やかに微笑んだ。
「まずは安いワインや発泡酒を充実させてください。ピザやパスタ料理の需要の方が、このレストランで出す料理よりも大きいものですよ」
サビーナも同意した。
「そうよ、ゴパル君。いきなり高級ワインを目指しても失敗するだけ」
アバヤ医師がサビーナと給仕長にツッコミを入れた。
「だが、発泡ワインだけは何とかした方が良いな。インド産も残念ながらまだまだ悪い品質だ。バクタプール酒造のは論外だしな。白ワインのジンジャーエール割りの方がマシだぞ」
サビーナと給仕長がジト目になった。給仕長に一言指示してから厨房へ向かわせたサビーナが、小さくため息をつく。
「インド産でもそこそこの品質の発泡ワインはあるのよ。その州内だけで売り切れてしまって、買いつけできないけど」
サビーナのジト目がきつくなった。
「それでも、白ワインの炭酸水割りとかジンジャーエール割りが、発泡ワインよりも美味しいというのは納得できないわね」
ゴパルが首をかしげた。
「そうですか? 甘くて飲みやすいですよ。発泡ワインとは別物だとは思いますが」
サビーナがキラリと黒褐色の瞳を光らせた。同時に厨房に合図を送る。
「そう? だったら本物のジンジャーエール割りを試してみなさい、ゴパル君」




