食堂
食堂に入ると、早速、給仕スタッフが一人やって来た。現地の娘さんを雇用しているようだ。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
ゴパルがレインウェアを着たままテーブルに座り、担いでいたリュックサックを床に下ろした。床は石畳で、雨が吹き込んだせいか少し濡れている。
レストランと看板に書かれてあったが、改めて店内を見回してみると、内実は食堂だ。
給仕スタッフから、店のシステムについて説明を受ける。
この店では、客がニジマスの養殖池まで行って、食べたい魚を指定する。それを養殖場のスタッフが網ですくい上げて、厨房スタッフが調理するという事だった。
「なるほど。カカニの丘でもやっている方式だね。じゃあ、選びに行くかな」
食堂と養殖池とは隣り合っているので、すぐに中くらいの大きさのニジマスを指さした。ゴパル一人が食べるので、大きなサイズの魚では量が多すぎる。
養殖池は、山の沢から潤沢な清水を引いていた。水は溜めずに、常時かけ流している。ニジマスは溶存酸素量の高い水を好むので、こうしているというスタッフの説明だった。
「ガンドルンの下まで車が来るようになりました。そのため、ニジマスの稚魚を、ここまで運び上げて育てる事ができているのですよ、お客さん」
ゴパルが興味深そうにうなずいて聞く。
「ほうほう、そうですか。淡水魚の養殖の中でも、ニジマスは難しいのですが、上手にやっていますね」
ゴパルが、自身は大学の研究者だと言って、熱心にスタッフに、ニジマス養殖について質問するので、オーナーが出てきた。彼も、スタッフと同じく、このガンドルンの出身だと言う。
「ハルカ・グルンと申します。ゴパル先生、低温蔵の成功を、私も期待していますよ。ニジマスの保存食としては、今の所は燻製しかないのですが、発酵させて缶詰にする方法もあるそうですね」
ちなみに、ゴパルが今晩泊まる、民宿ローディの経営者とも幼馴染という事らしい。
ローディはグルン語で、集団見合いとダンスパーティをする祭りだ。今は、普通の季節イベントになっている、と説明を加えるハルカである。
ゴパルも、グルン語については全く知らないので、興味深く聞く。そして、ニジマスの発酵食については、いくつか知っているので快諾した。
「簡単な所では、酢漬けですね。市販の酢は殺菌されていますから、これを酢酸菌を生かしたままの酢で発酵させれば、可能だと思いますよ。他には、乳酸菌と酵母菌の組み合わせでしょうかね。日本の伝統食に、なれ寿司という物がありますから、これを参考にできます」
さすがに、スラスラと話し始めるゴパル助手である。肝心の話の内容については、ハルカは半分も理解できていない様子であるが。
養殖スタッフが、手網で池からすくい上げたニジマスを、ゴパルに見せに来た。
「これで良いですか? お客さん」
ゴパルが微笑んでうなずいた。
「はい。それで料理をお願いします」