ミカン園
ここからは1時と13時の1日2回更新になります
バンが軽快なエンジン音を出して走り去っていった。軽くため息をついたゴパルが、気をとり直して明るい顔でカルパナに振り向く。
「お待たせしました、カルパナさん。予防接種までには、まだ少し時間がありますよね。ミカン園を見てみたいのですが、よろしいですか?」
カルパナがクスクス笑いながら穏やかな声で了解した。
バイクで来たので冬用のジャケットを羽織っているが、厚手の生地のサルワールカミーズ姿である。ジャケットの上からストールを巻いていて、足元はスニーカー靴だ。
「構いませんよ。クシュ先生が参加するとバイクに三人乗りする事になったので、私としては不参加でほっとしています」
言われてみればその通りだ。頭をかいて反省するゴパルである。
恐縮しているゴパルにもう一度微笑んでから、カルパナがゴパルにヘルメットを手渡した。
「それでは、ミカン園に行ってみましょうか。昨日、新たなミカン苗の定植用の畑で作業をしました」
バイクに二人乗りして向かい、途中から歩いて段々畑の道を上っていく。ゴパルがカルパナと並んで石階段を上りながら自身の腹をポンと叩いた。
「かなり体力がついてきたような気がします」
カルパナが穏やかな笑みを浮かべる。二人ともに息を切らしていない。
「そのようですね。お腹もへこんだように見えますよ」
すぐにミカン園に到着して、ゴパルが撮影を始めた。ヘルメットを手に提げたままなので、スマホを使っての撮影に少し苦労している様子である。この畑は苗木を植えつける予定だという事で、よく土が耕されていて雑草も生えていなかった。
カルパナも自身のヘルメットを手に提げながら、簡単に農作業の説明をしてくれた。
「今年のミカン苗を定植する畑です。昨日、生ゴミボカシと堆肥を畑にまいて、軽く耕しました。野ネズミや野犬にある程度は食べられてしまうでしょうが、一ヶ月間ほどこうして土と馴染ませれば大丈夫だと思います」
ゴパルが少し感心しながらうなずいた。
「生ゴミボカシが一か月後に土に還った後で、ミカンの苗木を植えるという方法ですか。野菜や小麦と違って、果樹ならではの余裕があるおかげですね」
カルパナが微笑んで肯定した。
「はい。この区画では他に野菜や小麦を植えていません。ミカンだけです。ですので野ネズミ達が生ゴミボカシに引き寄せられても、周りの畑に悪影響は出ません。野菜畑でしたら、この方法は採らないかな」
そう話してから、耕されたミカン園を見つめて二重まぶたの目を細めた。
「一つ試してみたくなりまして。発酵ですが、これって畑の中で直接行っても構いませんよね。バケツやタンクの中で発酵させる手間を少し省くことができるかなと思いまして、こうしてみました」
カルパナによると、生ゴミボカシの他に周辺の生の雑草や、収穫残さも一緒に畑にすき込んだらしい。その後、KL培養液と光合成細菌の希釈液を散布して発酵を促しているという事だった。
「畑を丸ごと発酵させてみました。ついでに暗渠も兼ねて、KL培養液に漬けこんでアルカリを中和させた、もみ殻燻炭を畑に埋め込んでいます」
段々畑なので排水性はそれなりに良好なのだが、この場合は燻炭による保水力の向上を期待しているのだろう。
カルパナが少しいたずらっぽく微笑んだ。
「隠者様からも提案を受けまして結界を張りました。畑の隅だけなのですが、もみ殻燻炭と一緒に岩塩を少々埋め込んでいます。塩による厄払いという事だそうですよ。畑の隅ですので、ミカンの苗木の根が直接岩塩に触れるような心配はありません」
感心しながら聞いていたゴパルだったが、岩塩の話にはさすがに苦笑している。
「塩ですか……光合成細菌は耐塩性ですし、KL構成菌にも耐塩性の菌が居ます。とりあえず岩塩をこういった微生物でコーティングしてみてはどうでしょうか。効果があれば幸いという感じですが」
カルパナが意外と真面目に聞いてスマホにメモした。
「なるほど……塩をコーティングですか。生ゴミ液肥にも塩分が含まれていますから耐塩性というのは納得です。そうですね……ゴパル先生の提案に沿って結界を張り直してみます。現状でもヒンズー教徒には効果的ですよ」
ゴパルが腕組みをしてうなずいた。
「なるほど。病害虫や野犬に野ネズミ、放牧牛よりも、作物泥棒への対策ですね。結界を破ると神罰が下るよ、みたいな」
カルパナが微妙な表情で微笑んだ。
「隠者さまが作った結界という話はすぐに広まります。特にこのミカンは復活事業ですから、たくさんの農家が期待しています。そういう背景を形にしたのが、結界という事でもありますね」
さらに他のミカン園を巡回して撮影記録を取っていくゴパルだ。しかし、途中で頭をかいて目を閉じた。
「……バッテリーが切れた。今回の記録はここまでですね。どうもありがとうございました、カルパナさん」
カルパナも自身のスマホを見てから、段々畑から見えるフェワ湖とその対岸のレイクサイドの街並みに視線を投げた。今日もよく晴れていて、フェワ湖にはいくつもの観光ボートが浮かんでいる。上空にはいつものパラグライダーがゆっくりと旋回飛行を続けていた。
「そろそろ時間ですね。では予防注射をしに向かいましょうか」




