交流会
クシュ教授は当日の朝の飛行機でポカラへ到着した。数名の外国人と一緒に談笑して、出迎えたゴパルに手を振って挨拶する。
「やあ、ゴパル助手。出迎えごくろう。参加者はこれだけだよ」
愛想笑いを受かべて合掌して挨拶をするゴパルだ。口元が少しこわばっているようだが。結局会場や食事会の準備をしたのはゴパルだけだったので、まあ色々と思う所があるのだろう。
「皆さん、ようこそポカラへ。会場のルネサンスホテルまで送りますね」
参加者は米国、ドイツ、日本の微生物会社の技術者や大学の教授で、クシュ教授を含めて総勢四人だった。荷物も少ないのでそのままホテルのバンに乗って空港駐車場からホテルへ向かった。運転手はいつもの男スタッフである。
(飛行機の旅で疲れたのかな? 静かでおとなしいのは良い事ですよ、クシュ教授)
助手席に乗ったゴパルがほっとしている。クシュ教授は後ろの席に座っていて談笑を続けていた。
しかし、ホテルに到着するまでの数分間の車移動の中で、早くも口論が勃発してしまった。ギャーギャーと口汚く罵り合うクシュ教授を含めた四人の客に、諦め顔のゴパルが告げた。
「もうすぐ会場のホテルに到着しますよ。口を閉じてください」
ルネサンスホテルに到着すると協会長が出迎えてくれた。早速それぞれの部屋にチェックインを済ませる参加者達である。こういった場面では良識ある大人として、上品に振る舞っているので、協会長がゴパルにささやいた。
「普通の人達だと思いますよ。暴れたり騒いだり受付スタッフにケンカを売ったりしていませんし」
ゴパルがジト目になって微笑んだ。
「あはは……皆さん賢いので、彼らの都合が悪くなる場面では紳士のようにしているだけですよ。交流会が始まったら本性を現しますからご心配なく」
アバヤ医師もなぜかロビーに居て、ニヤニヤしながらゴパルに手を振って挨拶してきた。
「罵り合いのショーを見に来たよ」
ゴパルが微妙な表情で口元を緩めた。
「皆さんの迷惑にならないように私も努力します。それでアバヤ先生、交流会の後のポカラ観光や買い物ですが……アバヤ先生自らが案内してくれるそうですね。わざわざありがとうございます。私ではまだまだポカラに疎いので助かりました」
アバヤ医師が協会長と目くばせをして、くっくっくと笑った。
「なーに気にするな、ゴパル君。ワシも医学学会に時々顔を出しているから、交流会の雰囲気は知っておるよ」
交流会の会場はロビーに接している会議室だった。紅茶やコーヒーのドリンクサーバーが机の上に置かれて、クッキー等の菓子が並べられた大皿も厨房から運ばれてきた。
ゴパルが議論で使うための大きなホワイトボードの位置を指定して、ボードマーカーの数と種類を最終確認する。
参加者が部屋で汗を流してから会議室へ一人また一人とやって来た。交流会なので皆非常にラフな服装だ。足元は例外なくサンダルである。そのうちの一人がゴパルに近寄ってきた。日本人だ。
「ゴパルさん。シイタケの種菌を使ってくれてありがとう。うちの部長も喜んでたよ」
ゴパルが粉ミルクや砂糖の配置を終えて振り返り、少し照れながら答えた。
「私はラメシュ君の指示に従っただけですよ、モリさん。シイタケにも色々な品種があるんですね」
どうやらゴパルとは面識があるようだ。そのモリが自慢気な表情になった。口調も一気に砕けてきた。
「そりゃ専門会社だし。今回の試験はうちの会社としても興味を持ってるんだよ」
モリが小声になった。
「日本にはネパールハンノキは自生していないからね。この樹種でも十分キノコ栽培できるなら、インド全体に売り出せるって野望を抱いてるよ、上の偉い連中が」
つまり、ネパールや北インドの山間地でネパールハンノキを造林して、それをほだ木に加工してインドに陸路や鉄道で売り込むという事らしい。自生している樹種なので、外国から木を輸入する手間が不要になる。
ゴパルが話を聞きながら感心している。
「そんな事を考えているんですか。キノコでしたら階級や宗教関係なく食べますからね。良いと思いますよ」
モリも同意見のようでニコニコしている。
「インドでも山の方では過疎化が進んでいるからね。地方行政も乗り気なんだよ」
モリが指を鳴らした。
「ああそうだ、エリンギの件だけどね。知り合いの会社が乗り気になったって昨日知らせがあったよ。ラメシュ君にもさっき伝えた」
ほっと安堵するゴパルだ。
「朗報ですね。ここのレストランのシェフであるサビーナさんからも、早く始めろと言われていたんですよ。さらに忙しくなりそうだけど、仕方がないかなあ……」
モリがポンポンとゴパルの肩を叩いた。この程度であればゴパルは咳き込まないようである。
「うちの会社としては、シイタケに全力を注いでもらいたいのが本音だけどね。さて、そろそろ交流会が始まりそうだ」
会議室にはクシュ教授も入ってきたので、これで全員がそろった事になる。ゴパルが軽くため息をついてからアナウンスした。
「皆さんそろったようですね。それでは交流会を始めましょう」
交流会では参加者全員が大きなホワイトボードの前に立って、持論を主張して相手の論説を口汚く否定しまくるという形になった。
口論に疲れると紅茶やコーヒーを飲みに行き、まるで車の燃料補給でもするように飲み干していく。そして元気になって、再びホワイトボードの前に戻っていくという行動パターンを皆が繰り返していた。
さすがにこういった交流会は初めて見たようで、協会長が目を点にしてゴパルに告げた。ゴパルは口論に参加せずに、ボードマーカーの補充や議事録代わりの撮影をしている。
「ゴパル先生の言った通りですね。ほとんど口ケンカの大会のようです。言っている内容は専門用語ばかりですので、ほとんど理解できませんが……」
ゴパルがスマホで撮影しながら、申し訳無さそうに答えた。
「すいませんラビン協会長さん。毎回こうなんですよ。でも、これでも和気あいあいとした部類なんですけれどね。学会とかでは殴り合い寸前になります」
アバヤ医師もゴパルの近くにやって来て、コーヒーをすすった。彼は愉快そうだ。
「科学者としては健全な姿だな。くっくっく。医学学会だと馴れ合いが起きていてね、なかなかここまで白熱しないんだよ」
これはKL関連の技術交流会なのだが、クシュ教授が今は集中砲火の批判を浴びているようだ。KLはその土地で採取した微生物を混合して培養したものだ。そのため、土地によって構成される微生物の種類が異なる。
今では米国やドイツ、日本でも同様の手法で作られているので、当然ながら微生物の種類が違う。今回はポカラでも培養していて、ゴパルがあちこちで採取した微生物を加えている。これまた当然ながら首都で製造したKLと、ポカラのKL培養液とでは微生物が異なっているのだ。
そのため、KLとひとくくりにして呼んで良いのかどうかを巡って、議論という名の口ゲンカ大会が繰り広げられていた。
ゴパルが簡単に協会長とアバヤ医師に説明する。
「首都のKLと、ポカラのKLとを分けようかという話ですね。実際に両者の菌の組成には違いが出ています。クシュ教授はポカラ・ローカルという事でPLと呼んではどうかと提案しています」
協会長が少し驚いた表情になった。
「そんな事が起きるのですか。微生物の世界って複雑なのですね。という事は、米国ではUSL、ドイツではDL、日本ですとJLみたいになりそうですね」
アバヤ医師はニヤニヤしながらも腕組みをして首をひねっている。
「統一規格は必要だろうな。でないとKLの亜種が無数に誕生して収拾がつかなくなるぞ」
ゴパルも同意した。
「ですよねー……」
この議題は各自持ち帰って考える事に落ち着いたようだ。次の議題として挙がったのはヨーグルトだった。どのヨーグルトをKLに加えるべきかという事で、再び口ケンカが始まった。
ゴパルがスマホで時間を確認してから、小さくため息をついた。
「私としてはペーハー値が3.5以下であれば何でも良いと思うのですが……」
ここで、何か思い出したようだ。
「ああそうだ、ラビン協会長さん、アバヤ先生。低温蔵で第二弾として少量仕込んだ日本酒と古代酒ですが、来週仕上がる予定です。試飲会をABCで開きたいと思いますので、関心がある方に連絡を入れてみてください。味見程度の量しか出せませんが……」
協会長とアバヤ医師が顔を見交わしてから、興味深い表情になって答えた。
「そうかい、ゴパル君。ワシは体力的に登るのは無理だから誰か人を送るよ」
「そうですか、ゴパル先生。私も仕事が詰まっていて行けませんが、アバヤ先生に頼んで一口味見してみたいですね。前回仕込んだ酒とは別なのですか?」
ゴパルが頭をかいて両目を閉じた。
「同じです。米が別の産地に変わったくらいですね。では、アバヤ先生とラビン協会長さん用に少量分けておきますね。低地のポカラで飲んでみての感想をぜひお願いします。味が変化しているかもしれませんし」




