パスタあれこれ
しばらく待っていると、ようやくサビーナが汗を拭きながらやって来た。
「お待たせ。やっとホテルからの応援が到着したわ。これで撮影できるわね」
しかし、屋台なので調理場所は狭かった。客もまだまだ多いので、空いている調理台も見当たらない。ジト目になって軽くため息をつくサビーナだ。
「こんな事なら、もっと広く場所取りしておくべきだったわね。仕方がないな。あたしが料理するのは止めて、シェフ達が料理を作っている様子を撮影してくれるかな、カルちゃん」
カルパナがスマホを取り出して撮影の準備をしながら真面目な表情で答えた。
「そうだね、サビちゃん。できるだけ邪魔にならないように撮影するよ」
まず最初にシェフが料理中のパスタを撮影し始めた。少し離れて撮影しているので客の声まで録音してしまっているようだが。
サビーナがカルパナの隣について簡単な説明を加えた。
「カラマラータを使ったパスタね。ぶつ切りにした荒引きソーセージとブロッコリーをオリーブオイルで炒めて、輪になったカラマラータっていうパスタを絡める料理。見た目がイカリングに似ているから、イカを使う事が多いかな。屋台では衛生上無理だからソーセージにしてる」
続いて注文が入った別のパスタ料理を撮影するカルパナだ。これにもサビーナが説明をする。
「これはおなじみのトマトソースのパスタね。別名サルサ・ポモドーロ」
カルパナが位置を変えて撮影を始めたので、サビーナも少し移動した。
「トマトソースはタマネギ、ニンジン、セロリのペーストにペコリーノチーズを加えて大鍋で煮詰めてる。パスタは太めで芯が中空になっているブカティーニね。最後に上に硬質チーズを削ってかけてるわ」
これはゴパルも何度か食べた経験があるので、すぐに反応した。
「完熟トマトを使っているので美味しいですよね。カルパナさん、ポカラも結構冷えてきていますが、トマトはまだ収穫を続けているんですか?」
カルパナが撮影を続けながら微笑んだ。
「はい。さすがに今は簡易ビニールハウスを建てて、その中で栽培していますけれどね。日中は二十度を超えますから美味しいトマトになりますよ」
なるほど、寒暖差が大きくなってるのか……と納得するゴパルだ。野菜に限らず作物は夜間の光合成ができないので、その間は栄養やエネルギーを消費するばかりになる。特に夜間の気温が高いと消費量も増えてしまうのだ。結果として果実や葉に蓄積される栄養や風味が乏しくなってしまう。
しかし夜間の気温が低すぎると、それはそれでストレスになるため寒暖差にも限度はある。今、首都で簡易ハウス栽培をしてもトマトが育ちにくいのは、それが理由だ。きちんと育てようとすると、日本のトマト農家が行っているような高額な施設が必要になる。それではコスト高になってしまう。
屋台は相変わらず盛況で、次々にパスタ料理ができあがっていく。カルパナがニコニコしながら次のパスタ料理を撮影し始めた。サビーナもニコニコ笑顔だ。
「キノコのパスタね。ヒラタケとオイスターマッシュルームをオリーブ油と岩塩だけで炒めて、幅広のタリアテッレっていうパスタと絡めてる。来年はシイタケが加わるから楽しみにしてるわよ」
嬉しそうなサビーナとカルパナを眺めながら、ゴパルが垂れ目を細めた。
「今回は実験ですが、それでもセヌワと合せて百十本のほだ木に植えつけましたからね。小さくて売れないシイタケも出るはずです。それでも屋台で売るとしたら限定商品になるでしょうね」
カルパナが目をキラキラさせている横で、サビーナが軽く肩をすくめて微笑んだ。
「イタリア料理だから、本当はシイタケじゃなくてポルチーニを使いたいけれどね。エリンギでもそれなりに美味しくできるわよ。傘が開いて少し苦味が出たエリンギを使うんだけどね」
サビーナがゴパルをじっと見つめた。
「で、いつエリンギ栽培ができるのかしら」
首を引っ込めるゴパルだ。
「鋭意努力中です、サビーナさん」
この他にはミートボールを使ったトマトソースのパスタや、辛味抜きした唐辛子とニンニクを使った真っ赤っかなパスタ、辛味抜きしない唐辛子を使ったトマトソースのパスタ等を撮影した。パスタも色々と用意されていて、短いパスタやドリル型のパスタもあった。
それらにも簡単な説明を加えたサビーナが、軽く背伸びして首を左右に振った。
「うーん……料理の説明ばかりするのも退屈ね。そろそろレカっちの屋台に行くか。パスタ料理の撮影はこのくらいで十分でしょ、カルちゃん」
カルパナがスマホを持ちながら、肯定的に首を振った。
「そうだね。後はレカちゃんに編集してもらいましょう」
三人で群衆の中をかき分けてレカが居る屋台にたどり着いたのだが、既にレカがヘロヘロになっていた。
「人が多い~多すぎだ~」
サビーナがリテパニ酪農の屋台の中へズカズカと入ってジト目になった。
「なによ。ケーキ作りの準備がまだできてないじゃないの」
クリシュナ社長が屋台の奥から顔を出して謝った。
「済まないね。ラジェシュのバカがまだ演奏から戻ってないんだよ。人手不足になってしまった。もう少しかかるから、どこかで時間を潰しておいてくれ」
リテパニ酪農の屋台では、ヨーグルトやパニール等の生チーズを売っていたのだが、特に売れているのは水牛乳で作った澄ましバターのギーだ。売り子が一人しか居ないので大忙しになっている。
サビーナが机に突っ伏して動かなくなっているレカの背中を見て、小さくため息をついた。
「レカっちは、もう使い物にならないか。燃え尽きてしまってるわね」
レカが顔を机に伏せたままで、片手をヒラヒラさせて反応した。
「死んでないからー、人に酔っただけだからー」
ゴパルがクリシュナ社長の大忙しぶりを眺めながら、軽く腕組みをした。
「本当にしばらく忙しそうですね。バンド演奏のステージにでも行って時間を潰してみますか? まだラジェシュさん達が残っているかもしれませんし」
カルパナが渋い表情になった。
「うう……他の場所へ行きませんか?」
まだ心の準備ができていない様子である。サビーナも似たような表情をしている。
「クソ兄が魔物のような姿になってて、聞くに耐えない歌を歌ってるんだけど。取り巻き共も似たような姿だし」
サビーナの声が小さくなっていく。
「それに、カルナちゃんが居るはずよ。出くわしたら、それはそれでまた面倒な事になりそうなんだけど……」
今度はゴパルが軽いジト目になった。
「あんまり家族の事を悪く言ってはいけませんよ。日頃のストレス発散と聞きました」
コホンと小さく咳払いをする。
「むしろ、バンドの演奏に関わって応援するくらいの心積もりになった方が、サビーナさんのお兄さんやカルパナさんの弟さんも喜ぶと思います」
何となく正論に聞こえたのだろうか、サビーナとカルパナが困った表情のままで顔を見交わした。
「一応は晴れ舞台なのよね……カルちゃん」
「司祭の仕事って大変みたいだし……サビちゃん」
しかし、結局は心の準備が整わなかったようである。二人そろってゴパルに応えた。
「でも無理いー!」
ゴパルとしては苦笑するしかない。そこへ、机に突っ伏したままのレカが片手をユラユラさせて助け舟を出してくれた。
「だったらー、闘牛でも見に行けばいいよー。そろそろ始まってると思うー」
レカ本人はピクリとも動きたくないようであるが。




