マゲサンカランティ祭
ポカラには国際空港に近い河岸段丘にクリケット競技場がある。マゲサンカランティ祭の屋台はそこで野外フェアの一環として開催されていた。信心深いヒンズー教徒は、河岸段丘の底を流れる川に入って沐浴をしている。
クリケット競技場にはステージも作られていて、地元のバンドや学校のダンス部、集落ごとの民族舞踊、日本の漫才に似た男女掛け合いの寸劇が披露されていた。おかげでかなりの盛況だ。
演目と演技時刻はスマホで確認できるので、ゴパルもそれを見る。
「今は地元のロックバンドの演奏ですね。ええと『バドラカーリーのヒモ』バンドですか。面白い名前だなあ」
ゴパルがステージに気をとられていると、カルパナが微妙な表情でゴパルのシャツの袖を引っ張った。
「ヘビーメタルバンドですよ。今はサビちゃんやレカちゃんの屋台へ急ぎましょう」
ゴパルにはロックとヘビーメタルの違いがよく理解できていないので、カルパナの口からその単語が出た事に驚いている。
「よく知っていますね。私は全く詳しくなくて……このバンドは地元の……あ」
バンドメンバーの名前を見て一瞬で理解したゴパルであった。カルパナの弟のナビンラズ、サビーナの兄のラビンドラ、レカの兄のラジェシュ、それにスバシュの名前が連なっている。
「……むしろ、優先して応援しに行った方が良いのでは? カルパナさん」
カルパナが顔を赤くして目を逸らせた。
「だってほら、恥ずかしいじゃないですか。歌詞も酷い内容ばかりですし」
ゴパルがカルパナの表情から察して、何となく理解した。頭を軽くかいてから空気を読んでみる。
ちょうどバンドの演奏が始まったようで、一気に歓声が沸きあがった。男のファンが多いようで、野太い咆哮がよく聞こえる。
冒頭の歌をちょっと聞いてから、ゴパルが納得した。
「あー……確かに。私の兄がもしもコレを歌ったとしたら、やはり逃げ出したくなりますね」
カルパナが少し涙目になって、ゴパルのシャツの襟を両手で握りしめた。脅迫しているようにも見えなくはない。
「ですよねっ。司祭の仕事で心労が溜まっているのはよく分かるのですが、こういうストレス発散ってどうなんでしょうか。父も叔父も半分諦めて黙認しているので、強く言えないんですよっ」
カルパナに首を揺らされながら、ゴパルが同情した。
「それは大変ですね。弟さんの気持ちもカルパナさんの気持ちもお察しします。ストレス発散それ自体は大切だと思いますが、カルパナさんの心配も正しいですよね」
ちょっと考えてから話を続けるゴパルだ。
「ですが、このまま放置すると弟さんの周りにゴロツキが集まってくるかも知れません。実際、挑発的な歌ですし」
さらにもう少し考えてから話を続ける。
「カルパナさんも作詞や作曲なんかで少しだけバンドに関わってみてはどうですか? 女性が加わると、それだけで男の暴走って抑える事ができると聞きますよ」
頭を揺らされながらの答えなので、あまり深く考えていなかったのだが、カルパナは大真面目に考え込んだ。
「そうやって軌道修正をかけていくのですね、なるほど……考えてみます」
ようやく頭振りから解放されたゴパルが、話題を変えた。
「では、屋台を見に行きましょうか。どんな屋台なんでしょう、カルパナさん」
まず向かったのはポカラのホテル協会の屋台だった。協会長とサビーナが出迎えてくれたので、合掌して挨拶を交わすゴパルとカルパナだ。ゴパルが中を見回した。
「屋台というよりも、ホテル協会の活動紹介かな。石窯の展示に人だかりができて、人気のようですね」
協会長が嬉しそうに人だかりを眺めながらうなずいた。今回もスーツ姿ではなくて、シャツと長ズボンの普段着である。
「人気ですね。量産化の目途がついたとポカラ工業大学からの返事もありまして、問い合わせが殺到しています。近々、石窯製造と設置、保安の業務を委託する会社を設立する予定ですよ。その求人も兼ねています」
サビーナも上機嫌だ。彼女は今日もコックコート姿で、屋台の一角に設けている調理場を指揮していた。パスタ料理を主に作って売っているようだ。
「石窯で焼いたピザや煮込み料理が好評ね。料理の撮影はちょっと待ってて。注文が殺到してて大忙しなのよ。もうすぐホテルから応援のシェフが駆けつけるから、それまで待ってなさい」
確かにこちらにも大きな人だかりができている。ゴパルがカルパナに聞いてみた。
「では、先にレカさんの屋台へ行ってみましょうか」
カルパナが困ったような笑顔を見せて、否定的に首を振った。
「レカちゃんの屋台では、洋菓子作りをサビちゃんがする予定なんですよ。先にここの屋台の撮影を済ませた方が良いと思います」
なるほどと納得するゴパルだ。代わりに協会長が話かけてきた。
「待ち時間の間に、石窯の話をもう少し続けましょうか。ポカラ工業大学のスルヤ先生の提案で、この石窯を強化する事になりました」
石窯の特徴としては耐火レンガや炭火による加熱効果がある。いわゆる遠赤外線効果と呼ばれているものだが、この発生効率を上げるという事らしい。耐火レンガや耐火モルタルの組成を調整して、石窯に最適化させるという方法だ。
協会長がニコニコしながら話を続けた。
「サビーナさんは中華料理に詳しくありませんので、これまでテコ入れが進まなかったのです。しかしこれで中華料理屋でも料理の幅が広がると期待しています」
どうやら二十四時間営業の中華料理屋や、中華レストランにも石窯を設置するつもりらしい。設置してどうなるのか、あまりピンとこない様子のゴパルとカルパナだ。協会長も苦笑している。
「中国人の料理人を雇おうと努力しているのですが難しいですね。今は、中華料理店で十年ほど修行したネパール人を雇っていますよ」
どこの国の料理でもいえる事だが、その国の料理人が作らないと人気が出ない傾向がある。北インド料理ですら、ネパール人が料理人だと分かるとコレジャナイという評判が立ってしまいがちだ。
協会長もその点を理解しているようで、できるだけその国の料理人を雇おうとしている。そして、それはイスラム教徒向けの料理でも実行していると話してくれた。この場合はハラル認証を得た料理という事になる。
「ですが、なかなかネパールの田舎町までやって来てくれるような方は見つかりませんね。ゴパル先生が海外に出かけた際に探してくれると、とても助かります」
ゴパルが両目を閉じて軽く呻いた。
「学会の懇親会で出る料理は、あまり褒められたモノではありませんよ。ですが、そうですね。クシュ教授があちらこちらへ遊びに……ゴホンゴホン、出張に出かけていますので提案しておきますね」
バングラデシュにはイスラム教徒が多いので、良い料理人が見つかる可能性はあるだろう。協会長が礼儀正しくゴパルに頼んだ。
「よろしくお願いいたします。あ……私を呼んでいるようです。失礼しますね」
石窯展示の人だかりが、さらに増えていた。担当スタッフが協会長に助けを求めている。商談コーナーにも人が多く集まっていて、その担当者からも救援要請が出ていた。
ゴパルが協会長の後ろ姿を見送りながら感心している。
「商売って、こういう風にするんですねえ……私には無理っぽいかな」
クスクスと穏やかに笑っているカルパナだ。
「ゴパル先生はそのままで良いと思いますよ」




