三元中継やってみた その二
そこからは再びカルパナとビカスの話し合いになった。
KL培養液の使用量については、一本のリンゴの木当たり年間五から十リットルにしてみる事になった。
光合成細菌はツクチェで培養するには気温が低いので、ポカラからの持ち込みになる。そのため、使用量はKL培養液よりも少なくなる見通しだ。
「レカちゃんのリテパニ酪農で培養していますので、そのノウハウが集まればツクチェでもハウスを建てて培養できると思いますよ」
カルパナの話に興味深くうなずいたビカスだ。静止画像なのでうつむいた絵になっているが。
「大豆もジョムソンででっかく栽培するみたいラ。ツクチェは日当たりが少し悪いから、ジョムソンの北で培養できるラー」
そう言われても、行ったことがないのでよく分からないゴパルとカルパナであった。ラビ助手は半分寝ている。
KL培養液については、リンゴ園への散布時期をカルパナがもう少し踏み込んで提案した。リンゴの収穫後と暖かくなってくる春先の二回、加えて生育に応じてもう二回の年間四回、土壌全体に行き渡るように散布するという方法だ。
KL培養液は十から五十倍の希釈液にする。ツクチェの場合はどこも乾燥しているので基本的には五十倍希釈液になる。
生育の悪いリンゴの木には、KL培養液や光合成細菌の使用量を二倍に増やす。同時に排水不良になっている場合には、暗渠を設けておく。
カルパナが少し口元を緩めて話を続けた。
「ツクチェにはアルカリ性の強い土や岩があると聞きました。それを砕いて粉にしたものを、KL培養液で溶いてペンキ状にします。リンゴの木の幹に塗ってみてくださいな。年二回くらい塗れば十分だと思います」
そう言ってから、少しいたずらっぽい笑顔になった。
「隠者さまの提案です。何かのおまじない効果があるかもしれませんよ」
ゴパルがカルパナの隣で両目を閉じた。
(おまじないですかカルパナさん……)
ビカスも緊張が和らいだようで、口元を大きく緩めた笑顔になった。頭を動かしたので、少々ピンボケの静止画像になっているが。
「了解ラー、カルパナ先生」
そう言ってから、苗木について語った。今は画面をしっかり見ている静止画像に切り替わっている。
「リンゴって色んな品種を混ぜて植えないと実がつかないラー。だもんで、苗木も色々ラー。KLや光合成細菌や生ゴミボカシなんかの使い方も、変えた方が良いんラ?」
リンゴは一つだけの品種を植えてもなかなか実がつかない。そのために異なる品種を混ぜて植えるのだが、そうやっても実がつかない場合がある。なので、実がつくような品種の組み合わせで苗木を混植する必要があるのだ。
ゴパルが少し考えてから答えた。
「今はそこまで気に掛ける必要はありませんよ。品種ごとよりも、個々のリンゴの木の生育具合に応じて生ゴミボカシ等の量を調整した方が良いと思います」
カルパナも同意した。
「そうですね。牧草の種類ですが、最初に植えるのはマメ科が良いと思います。クローバーとかですね。大豆でも構いませんよ。次の年からは、イネ科の牧草に切り替えていけば良いでしょう」
カルパナが一瞬考える仕草をしてから話を続けた。
「確か日本ではナギナタガヤという牧草を使っていると聞きました。日本の援助があった跡地にソレが生えているかもしれません。探してみてはどうでしょうか」
ビカスが同意した。
「分かったラー」
続いてビカスからリンゴの苗木について聞くカルパナだ。ビカスの答えを聞いて、再び少しの間考えている。
「……なるほど。苗木は一年から五年生と幅があるのですね。種苗会社には、年数をそろえるように注文を入れておいてくださいな」
苗木は、台木と呼ばれるリンゴと近縁の品種の樹木に接ぎ木して育てる事が多い。根が近縁種で地上部がリンゴという組み合わせだ。苗畑で二つとも育てるのだが、霜や雪に弱いのでワラを巻いたりして保温している。
定植できるまでに育った苗木は苗畑から掘り起こされる。一般的には深さ三十センチ、幅六十センチの土塊と一緒に掘り上げる。
カルパナの指摘を聞いたビカスが、困ったような笑みを浮かべた。
「分かったラー。苗木がちっこいの、でっかいの混じってるんラー。土が付いてない苗木もあるラ。これはやっぱり使わない方が良いラ?」
運搬の手間を惜しんだのだろう。根がむき出しで土が全く付いてない苗木も堂々と販売されている。カルパナが軽いジト目になって答えた。
「そうですね。そんな種苗会社は使わない方が良いと思いますよ」
リンゴの苗木はイチジクと違い、枝の剪定をせずにそのまま植えつける。リンゴの苗木によっては植えた年からリンゴの花が咲くものもあるが、基本的には一年目の苗木は全ての花を摘み取る。
生育を見ながら、二年目からはリンゴの収穫が可能だ。しかしリンゴの枝ぶりを伸ばしたいので、この年も全ての花を摘み取った方が良いだろう。
「リンゴの木は密植気味になると育ちが悪くなります。育ちが悪い木は思い切って切って、間伐をした方が良いですね。最終的には九メートル四方に一本のリンゴの木が生えているような密度にします」
ビカスがメモを取って盛んにうなずいている。ゴパルも感心しながらカルパナに聞いてみた。
「カルパナさん。ずいぶんとリンゴ栽培に詳しいですね。ナウダンダに植えているんですか?」
カルパナが照れた。
「いえ、リンゴは植えていませんよ。桃だけです。米国の北の方でリンゴ栽培をしていると、ジェシカさんから情報をもらいまして。それと、先日の交流会に来ていたブータンの方からも情報をもらっています」
ジェシカはカルパナが加盟している米国の有機農業団体の代表だ。ブータンではリンゴ栽培が盛んである。
その後は、リンゴ農家で必ず話題になる枝の剪定についてになった。要は枝を切って間引いたり、引っ張ったりする作業の事なのだが、農家ごとに『家訓』のようなこだわりがあったりする。
作業の目的としては、どの枝にも十分に日光が当たる事、風通しが良くなる事、農作業の邪魔にならない事がある。
今回のようにKL培養液や光合成細菌を散布する場合には、どの枝葉にもそれらが容易にかかる事も加わる。
実際の剪定作業は、大きな枝から切っていき、最後に細い枝を切って整える。ただし、苗木や枝が盛んに伸びるような木の場合には、切らずに引っ張って望ましい位置に枝を誘引する事も行う。
リンゴの場合には、花芽の付き具合によっても切る枝が変わったりする。
ビカスのリンゴ園では、リンゴを高く成長させずに水平方向へ枝を誘導する剪定だった。この場合は、芯抜きといって真っすぐ上へ伸びる枝を切る。そうする事で側枝が伸びるので、四方に水平に枝を誘引していく。
「ワシの園では、横に伸ばした枝からヒョイと伸びてくる枝を下向きに垂らすラー。枝の間隔は三十から四十センチって所ラー」
カルパナが興味深そうにうなずいた。
「成り枝つくりですね。下向きに枝を垂らすのは良いと聞きます」
画面ではラビ助手が半分眠りかけていたので、ゴパルが眠気覚ましに聞いてみた。
「ラビさん。リンゴや桃では確か、モモシンクイガという害虫が酷い被害を出しているんですよね。よく使われているのが微生物の毒素を合成した農薬ですが、これってKL構成菌にも悪影響が出ると思いますか?」
ゴパルに質問されて、慌てて頭を起こしたラビ助手であった。それでも質問内容はしっかりと聞き取れていたようである。
「可能性はありますね。現状の微生物毒を使った農薬ですが、もう大半の害虫が薬剤耐性を獲得しています。あまり期待しない方が良いと思いますよ。お金と散布時間の無駄になるだけです」
寝起きのせいなのかバッサリと言い切ったラビ助手であった。が、言い切った後で言い訳を始めたが。メガネが少しずれていたようで、指でクイッと押して戻した。
「ええと……別の方法を育種学研究室としては研究中という事です。今の所は宣伝できる段階にありませんので、方法は伏せておきますね」
そして、ラビ助手が研究室内の別のディスプレー画面を見て、残念そうな表情になった。ここはちょうど静止画像の自動切り替えタイミングと上手く合致したようだ。
「えー……準天頂衛星がテレビ電話に都合の悪い座標に移動してきました。今回はここで三元中継を終了しましょう」
異論は無いビカスとカルパナであった。ビカスが合掌して感謝の意を伝えてくる。
「どうもありがとうラー。ハイテクって凄いんラね」
微妙な表情で顔を見交わすゴパルとカルパナである。次回からはポカラ工業大学の助言を仰ごうかなと思うゴパルだ。しかし彼らの専門は機械分野で、通信分野の専門家ではないのだが……
最後に、今回の会話記録を文字起こしした文章ファイルをラビ助手が後日作成する事になった。そのファイルを基にして、リンゴ栽培のガイドラインを作成する予定だ。
(ガイドラインができるまでには、まだ何度もこうしてやり取りをしないといけないよね。リンゴ栽培も長期の事業になりそうだなあ……)
あんまり嬉しくないゴパルであった。




