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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
とりあえず使ってみた編
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二十四時間営業のピザ屋

 ピザ屋の会員席にはアバヤ医師は居なかった。ほっとするゴパルとカルパナである。ピザ屋の中は相変わらず食事客や勉強する客であふれていて、かなりの活気があった。

 新年も中旬になったので店内の飾りつけが通常状態に戻っていた。しかしポインセチアの植木鉢は人気のようで、まだ店内を彩っている。

 今はさらにサボテンの仲間のクリスマスカクタスの植木鉢も加わっていて、その赤い花が店内の華やかさを盛り上げていた。いつものように植木の前で記念撮影をしたり、動画実況配信をしたりしている者達が居る。


 カルパナが会員席に座って、軽く肩をすくめて笑った。

「あんまり静かではなかったですね」

 ゴパルも隣に座って苦笑している。

「ピザ屋の客は本当に元気ですよね。でもこの程度の賑やかさでしたらテレビ電話に支障は出ませんよ。むしろ、店内の照明のおかげで目が疲れなくて済みます」

 客席スタッフが来たので、チソを二杯とマルゲリータピザを一枚頼むゴパルだ。小皿も一枚頼んでいる。注文を終えて、ゴパルがカルパナに謝った。

「すいません。金欠が続いているもので、あんまり御馳走できません」

 ゴパルが背中を丸めているので、クスクス笑うカルパナだ。

「お構いなく。私もこの後で、家に戻って夕食を食べますから軽食で十分ですよ。あっ、ゴビンダ先生からチャットが届きました」 


挿絵(By みてみん)


 ゴビンダ教授の指示に従ってゴパルがスマホを操作すると、テレビ電話画面に切り替わった。ゴビンダ教授がニコニコしながらゴパルとカルパナに手を振って挨拶した。

 彼が居る場所はバクタプール大学にある育種学研究室の休憩場所のようだ。ちょうど微生物学研究室の休憩場所と同じような印象である。

(あっ。ソファーが新しくなってる。いいなあ)

 そんな感想を抱いたゴパルであったが、口には出さずに挨拶を返した。

「こんばんは、ゴビンダ教授。首都はかなり冷え込んでいるようですね」

 カルパナもゴパルのスマホに顔を近づけていたので、画面に映っているゴビンダ教授に合掌して挨拶を返した。

「ご無沙汰していますね、ゴビンダ先生。ミカンは順調に育っていますよ」


 ゴビンダ教授がカルパナにうなずいてから答えた。

「うむ。それは朗報だな。ゴパル君からは最新の映像を受け取っているよ。来年は初収穫が望めそうだな」

 ここで言った来年とはネパール暦の事だ。つまり西暦太陽暦の四月中旬以降という事になる。カルパナが嬉しそうに微笑んだ。

「そうですね。収穫できるのは十数個でしょうけれど、それでも楽しみです」

 ゴパルが二人の会話を聞きながら思い起こした。

(カンキツグリーニング病か……確か中国や日本でも流行し始めたってニュースで見たっけ。復活事業が上手く運ぶと良いよね)


 ゴビンダ教授が画面の中で後ろに振り返った。ラビ助手が居るのだろう。画面に映っていないのだが彼と少し会話をした。

 少しして、ゴビンダ教授が細くて切れ長の目を軽く閉じて、乱雑に切った角刈りの頭をかく。細くて鋭い印象の眉もメガネの中に沈み込んでいる。ちなみに今は白衣は着ていない。厚手の冬用シャツに着古したセーターという普段着だ。

「むむむ……調整にもう少し時間がかかるようだ。ツクチェのビカス氏はもう準備を整えておるのだが、上手く電波がつながらないらしい」

 カルパナが少し困ったような表情を浮かべた。

「アンナプルナ連峰とダウラギリ連峰の間ですからね……」

 ゴビンダ教授が軽く肩をすくめた。

「やれやれまったくもって、インドの準天頂衛星の位置が良くないんだよ。数分もすれば衛星が移動して通信できるようになる。それまで少しの間待っていてくれ」


 ゴパルとカルパナが素直に同意したのだが……数秒間も沈黙の時間が流れると気まずい雰囲気になってしまった。ゴパルが愛想笑いを浮かべながら口を開いた。

「あっ、そうだゴビンダ教授。育種学で最近何か新しい事を始めましたか? うちの研究室では青カビをアンナプルナ街道で採取しまして、その毒性試験を進めています。今の所は毒性も無くて有望ですよ」

 ゴビンダ教授が少しの間、何か考える仕草をした。

「そうだね……ああ、野芝の遺伝子型のデータバンクを作っているよ。ネパールの野芝は、遺伝子多様性の宝庫だね」


 そう言って、時間潰しとして話を始めた。野芝は地域ごとに遺伝子型が異なるらしい。加えて、野芝の種は牛や山羊が食べて糞として排出する事で、発芽のスイッチが入るという事だった。

「だから、野芝の種をそのまま蒔いても発芽率は十%もないんだよ。一方で、スイッチを入れる物質があるので、それで種を薬品処理すると発芽率は九十%にも達するんだよね」

 そのスイッチを入れる物質の名前は言わないゴビンダ教授であった。ゴパルは雑談として聞き流したが、カルパナは興味を抱いたようだ。ゴビンダ教授に質問してきた。

「ゴビンダ先生。牧草としての野芝は、栽培が難しいという事ですね。牧草の種はそれなりにお金がかかりますので、できれば野芝も使いたかったのですが……」

 ゴビンダ教授が軽く肩をすくめた。

「現状では牧草の種を買った方が確実だろうね」

 今の段階では、ネパール国内のあちこちを巡って野芝を採集しているに留まっているという事だった。集めながら遺伝子型を解析して、有用な野芝の遺伝子を保存していく。特に探しているのは耐塩性と干ばつに強い遺伝子型らしい。

「もちろん、耐寒性のモノも集めているよ。宇宙エレベータの居住空間の緑化、ムスタン地方の緑化、モルディブの島での緑化と、需要が大きくなってきているのでね」

 ムスタン地方は、ジョムソンを南端にするアンナプルナ連峰の北側領域の一部だ。塩の道でもあり、非公認のムスタン王国もある。

 アンナプルナ連峰の壁のせいで年間を通じてあまり雨が降らない。そのせいで砂漠がほとんどを占める地域だ。

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