サランコットへ
小型トラックは再びカルパナが運転して、ディワシュとカルナ達による誘導で茶店まで無事に到着した。ディワシュが運転を交代して、カルパナの代わりに運転席に座りながらニヤニヤ笑っている。
「また一つ武勇談ができたナ。今日は本当に助かったぜい」
カルパナがジト目になって小型トラックから離れた。
「トラックの整備が良かったおかげですよ。アンバル運送さんに礼を言っておいてくださいね」
そして、荷台に乗り込んでいくカルナとニッキ、それにアルジュンに笑顔を向けた。
「今日はお疲れさまでした。ほだ木って重いですから、ゆっくり運んでください」
カルナが黒い瞳をキラキラさせながら、荷台から身を乗り出した。
「カルパナさんっ。今度トラックの運転を頼んでも良いですかっ」
カルパナが困ったような笑みを浮かべて、否定的に首を振った。
「運転はディワシュさんの仕事ですよ」
残念そうなカルナに再び微笑みながら、ようやく荷台に乗り込んだラメシュに手を振った。
「ではラメシュ先生。ほだ木をよろしくお願いします」
「任せてください」
そう答えたのだが、ほだ木を五本持ち上げてみて顔を青くしている。どうやら予想以上に重かったらしい。
ニヤニヤして見守っているグルン族の三人だ。ラメシュがチヤをすすっているゴパルに助けを求める視線を投げかけた。が……
「それじゃあ、出発するぜ」
ディワシュが小型トラックを容赦なく発車させてしまった。茶店からは舗装道路なので、あっという間に加速してナヤプル方面へ走り去っていく。
ラメシュが発した救難信号に気がつかなかったゴパルが、のんびりとチヤをすする。そして、トラックを見送っているカルパナに聞いた。
「スバシュさんとケシャブさん達は、これからどうするんですか?」
カルパナが振り返って、茶店のオヤジからチヤを受け取った。
「パメまで歩いて下りますよ。ゆっくり下りても三十分ほどですから」
高低差が千メートルある下り坂なのだが、簡単に言うカルパナであった。ゴパルも慣れてきた様子で、素直にうなずいている。
「それでは、私も同行しようかな。今日の予定はこれだけですよね」
カルパナがチヤをすすりながら少しの間考えた。夕暮れが近づいてきていて、西の空が赤く染まり始めていた。茶店から見えているマチャプチャレ峰も赤く光り始めている。
「……せっかくですから、路線バスに乗ってサランコットの丘まで行きませんか? そこの民宿街の人達と会ってみようかと思います」
ナウダンダからサランコットの丘までは、尾根伝いに土道が通っている。集落も多いのでボロだが路線バスが通っているのだ。特に仕事もないゴパルなので、素直に同意した。
「分かりました。行きましょうか」
サランコットの丘は標高1600メートル弱ある。そこから数十メートルほど下った先に民宿街があり、レイクサイドからはロープウェイも連絡している。そのため、ポカラにやってきた観光客の多くがここへ登ってくる。
今は西暦太陽暦の一月中旬なので欧米からの観光客は少なく、代わりに中国人観光客が増えてきているようだ。
サランコットの民宿街には乞食や流民が多い。今もボロ着の少年達が身なりの良い中国人観光客達に「チャンチュンチョン!」と連呼してからかい、ちょっとした騒動になっていた。
路線バスから降りたカルパナとゴパルは、その騒動をスルーして通り過ぎていく。
「ここはレイクサイドと違って警官が少ないですから、どうしても治安が今一つになってしまいますね」
そう小声でゴパルに漏らしたカルパナが道端で立ち止まった。
バフン階級だが汚れた伝統衣装を着ている老婆が、民宿の軒下で焼きトウモロコシを売っていた。屋台も何も無く、地面に直接枯れ枝を置いて燃やし、その上にススで真っ黒になった金網を置いてトウモロコシを焼いている。このような焼き方なので、トウモロコシは当然ながら所々黒く焦げている。
カルパナがその焼きトウモロコシを一本買って、焼けた実を芯から外して口に放り込んだ。ネパール人はトウモロコシにかじりついて食べる事はしないで、こうして手を使って実をむしり取ってから食べる。
せっかくなのでゴパルも焼きトウモロコシを一本買って食べる事にしたようだ。スイートコーンの品種ではなく、どちらかと言うと飼料用の品種に近いのでかなり皮や実が固い。糖度も低いので食べても甘くない品種だ。
中国人観光客と乞食少年達との騒動を眺めながら、カルパナが穏やかな声でゴパルに話しかけた。ボリボリと焼きトウモロコシを食べながらなので、少し話すのが難しそうだが。
「これは夏に収穫して、軒下で干して保存したトウモロコシですね。水分がかなり減っていますので、なかなか食べるのに時間がかかってしまいますが、私は好きですよ」
ゴパルもモゴモゴ食べながらうなずいた。
「カブレの町でもよく食べました。この時期からはポップコーンにして食べる事が多いかな」
カルパナが視線を南の山脈に向けた。ちょうどサランコットの民宿と民宿の間から向こう側が見えている。
「南のシャンジャ郡には貧しい農家が多いですね。米が栽培できない場所も多くて、そういった集落ではトウモロコシや粟を栽培しています。主食にしている農家もまだ多いそうですよ」
ゴパルが焼きトウモロコシを食べ終えて、近くをうろついていた牝牛にトウモロコシの芯を与えた。結構喜んで食べている。
「私はシャンジャ郡へはまだ行った事がありません。普通の田舎はどこも貧しいですよね」
カルパナも食べ終わって、近くにやってきた山羊に芯を与えた。これまた嬉しそうに食べている。
「それでも今は昔と違って、コーヒー農家が増えていますよ。裕福な農家も出てきているようです。さて、それでは民宿を回ってみましょうか」
民宿街には今もカルパナ種苗が朝夕の二回、野菜を配達していた。実際に配達業を行っているのはディワシュなので、時々こうしてカルパナか訪問しているという話だった。どこの民宿やレストランでも概ね好評のようだ。ただ、注文というか要望も増えてきていた。
この時期は中国人観光客が増えるので、中華料理向けの野菜栽培をあちこちの店から頼まれているカルパナであった。カルパナがスマホを取り出して、栽培暦を確認しながら答えている。
「白菜ですか……チンゲン菜は問題ありません。そうですね、種を探してみますね。固定種が見つかると嬉しいのですが」
ゴパルにも民宿のオヤジ達から要望があった。中国人観光客は酒飲みが多いので、ワインの需要が増えているらしい。同じようにスマホを取り出して、バクタプール酒造のカマル社長にチャットで相談するゴパルだ。
「善処します。マールはまだ本格的な製造に至っていませんので、どこか他の酒造所に相談するしかないですね」
マールというのはブドウの搾りカスを再発酵させ、それを蒸留したブランデーの事だ。高級品になるとブルゴーニュ地方等で仕込まれるマールがあるのだが、ここではもっと安価で質の悪いブランデーを指す。




