ナウダンダの茶店
シイタケの種菌をほだ木に植えつける作業の日がやって来た。
ゴパルは風邪も治り、ABCから下りてジヌーでカルナとニッキ、それにアルジュンと合流して、一緒にナウダンダへ路線バスに乗って向かった。
カルナがバスの車内でジト目になってアルジュンに文句を言っている。
「ニッキ叔父さんは分かるけど、なんでお父さんまでついてくるのよ。ジヌーじゃ暖かくてシイタケ栽培は難しいって言ったでしょ」
ニッキはセヌワで民宿を経営しているカルナの叔父だ。アルジュンの兄でもある。そのアルジュンはカルナの父親で、ジヌーで温泉ホテルを経営している。どちらもゴパルやラメシュ達の定宿だ。
アルジュンが狭いバス車内でニッカリと笑った。
「ヒラタケ栽培が成功したからナ。キノコに興味が湧くのは当然だ。シイタケって高く売れるんだろ? だったらチャイ、見ておかないとナ」
そして、ゴパルを見てから視線をカルナに戻した。
「石窯も作り始めたしナ。どちらも雑木林の有効活用になる。シイタケのほだ木ってチャイ、そこら辺に生えてるネパールハンノキって話じゃないか。薪にしても良いしチャイ、植林を考えても良いかもナ」
一方のニッキは真面目な表情でゴパルに色々と質問している。彼もまた興味津々の様子だ。
「ゴパル先生。セヌワじゃ雪が積もってますけど、それでもチャイ、大丈夫なんすか?」
ゴパルがバスに揺られながら穏やかな口調で答えた。全員がポカラに泊まらずに日帰りでジヌーに戻る予定なので、荷物も軽い。
「キノコの活動は停止しますが大丈夫ですよ。ラメシュ君の話ですと、今回使うシイタケの種菌は低温に強いタイプだそうです。むしろ高温乾燥に弱いという事ですので、セヌワの気候にも合っているはずですよ」
そんな話をしている内にナウダンダに到着したので、路線バスから下車するゴパルとカルナ達四人だ。集合場所は尾根筋の茶店なのでそこへ向かう。
探すまでもなく、小型トラックの荷台からカルパナとラメシュが手を振ってきた。運転席からはディワシュが顔を出している。そのまま全員が小型トラックから下りて、合掌して挨拶を交わした。
カルパナがニコニコしながら茶店のオヤジにチヤを注文している。ラメシュがやってきてゴパルに荷物を見せた。かなり大きなリュックサックだ。
「おはようございます、ゴパルさん。この通り、無事にシイタケの種菌を運んできましたよ。弾丸型の形成菌ですので、植菌作業も楽になるはずです」
ゴパルがカルナと一緒に、その大きなリュックサックの中をのぞき込む。カルナが首をかしげた。
「ん? ガラス瓶に入ってないのね。本当に猟銃の銃弾みたいな形だ」
ラメシュが軽く肩をすくめて微笑んだ。
「シイタケの種菌は日持ちしないんですよ。ですので種菌の植えつけ作業は、できる限り迅速に終わらせる必要があるんです」
カルパナがチヤをゴパル達に渡して回る。茶店のオヤジが慌てているようだが、笑顔で無視していた。
「現場ではスバシュさんとケシャブさん達が、ほだ木と一緒に待機しています。電動ドリル用の延長ケーブルも引きましたよ。チヤを飲んだらすぐに向かいましょう」
茶店からも彼らの姿が確認できた。数名ほど集めたようだ。細い土道をたどった先にある耕作放棄された雑木林の端で手を振っている。
その様子を見たラメシュがチヤを一気飲みして、大きなリュックサックを担いだ。そのままスバシュ達が居る場所へ歩き始める。
「では私は先に向かいますね」
ラメシュを見送ったディワシュが、チヤをすすりながら小型トラックの車体をバンと叩いて申し訳無さそうな表情になった。彼がこれを運転してきたらしい。
「すまねえな。俺の技量では現場までチャイ、トラックを突っ込ます事は無理だ。途中で道が細くなってる。トラックはここに停めておくぜ」
カルパナがチヤをすすりながら小首をかしげた。
「何とか行けそうな気がしますよ?」
そう言ってから、慌てて口を閉じた。ニヤニヤ笑いを浮かべたディワシュが、カルパナの肩をポンと叩く。
「それじゃあ頼むナ。小型トラックの運転免許はチャイ、持ってるんだろ?」
ジト目になるカルパナである。カルナがキラキラした瞳を向けてきたので、別方向に顔を向けた。
「持っていますけれど……長い間運転していませんよ」
しかし、ディワシュとカルナはニコニコしたままだ。数秒ほどジト目になりながらチヤをすすっていたカルパナだったが、軽く肩をすくめた。
「……分かりました。ですが、誘導係が必要です。お願いできますか?」
ディワシュとカルナがニッコリと笑った。ついでにニッキとアルジュンもニコニコ笑顔をカルパナに向けている。
「任せろ」
チヤを飲み終えたカルパナが、小さくため息をついてから小型トラックの運転席に座った。積載量は四トンほどだろうか。手足を運転席でしばらくの間動かしてからエンジンをかけた。よく整備されているようで一発でかかり、重低音が混じった排気音が茶店まで聞こえてくる。
カルパナがバックミラーとサイドミラーを調整してから、窓から顔を出した。
「それでは誘導をお願いしますね」
ディワシュ達グルン族四人が一斉に答えた。
「任せろ」
カルパナが実に手馴れた運転技術を見せた。小走り程度の速度で小型トラックがバックで土道へ進入していく。
窓から顔を出して進行方向を見る事はせずに、両方のサイドミラーとバックミラーだけを見て運転している。
カルナが驚いた表情になって、小型トラックに走って追いついた。
「ちょ……速いですって、カルパナさん」
ニッキとアルジュンもこの速度は予想していなかったようで、カルナと一緒に追いかけている。なので、実際に誘導をしているのはディワシュだけだ。
その彼が小走りで細い土道を先行して走りながら、大きな石のそばや、崩れた路肩の上に立っていく。カルパナに位置と大きさを知らせているのだろう。
ゴパルはまだチヤをすすっていたのだが、目を点にして小型トラックを見つめていた。急いでチヤを飲み終えてから、茶店のオヤジにグラスを渡す。
「だ、だだだ、大丈夫ですかね」
茶店のオヤジがニッコリと笑った。
「カルパナ様なら昔からあんな感じですよ。トラックで片輪走行とか平気でやる御方です。ほら、早速やってますよ」
ゴパルが目を小型トラックに戻すと、細くなった土道でしかも路肩が崩れている場所に差し掛かっていた。
ディワシュが真剣な表情になって路肩に立ち、段々畑の石垣に蹴りを入れている。ちょうどラメシュもそこに居合わせたようで、一緒になって石垣に蹴りを入れているのが見えた。
カルパナが軽くクラクションを鳴らして、了解した事を伝えた。そして、そのままの勢いでバックで石垣に片輪を乗り上げた。
土道には右側の前後のタイヤだけを乗せて、石垣に左側の前後のタイヤを噛ませる。そのまま止まらずに一気に通り抜けてしまった。
カルナが歓声を上げ、ニッキとアルジュンも雄叫びを上げている。雑木林の現場に居るスバシュとケシャブ達も踊りだして歓声を上げていた。ラメシュもガッツポーズをしているのが茶店から見える。
目を点にしたままのゴパルに、茶店のオヤジがニコニコ笑いながらポンと肩を叩く。
「ね。心配ないでしょ」
その後もディワシュによる小走り誘導を受けながら、あっという間に雑木林の端まで到着してしまった。慌ててゴパルが茶店のオヤジに礼を述べて駆けだした。
「ちょ、ちょっと待って。もう到着してるっ」




