シイタケほだ木
この茶店は以前にゴパルとカルパナがチヤ休憩した店だった。今回もオヤジがカルパナを見かけて、慌てて合掌して挨拶をしてくる。カルパナも合掌して挨拶を返し、チヤを二つ注文した。
ヤカンに入れて温めていたらしく、すぐにチヤが運ばれてきた。遠慮するオヤジに無理やり代金を握らせたカルパナが、ラメシュに穏やかな視線を向けた。
「これからはカリフラワーや大根が旬になります。イチゴも本格的な出荷が始まる頃ですね」
茶店からフェワ湖とポカラ方面を見下ろすと、ナウダンダの広くて緩やかな尾根筋に多くの段々畑が見えている。
確かにカリフラワー特有の濃い葉の色と、大根の少し薄い緑色の葉の色が認識できる。農業用の黒いマルチシートも結構使われていて、あちらこちらの段々畑が覆われていた。これらはイチゴ栽培だろう。
段々畑は雨期になると水田になって棚田に変貌するのだが、今は全体的に緑色が乏しくて寒々とした風景だ。
ポカラ市街とフェワ湖を覆っていた白い霧は、この時間になると晴れていた。そのため、フェワ湖の青い色がよく見える。
目を北に転じると尾根の向こう側に、真っ白い氷雪と黒い岸壁の二色で彩られたマチャプチャレ峰が頭を見せていた。
チヤをすすりながらラメシュがスマホで写真を撮った。チヤの湯気とラメシュの息とが白くなっている。
「良い景色ですね。ポカラから三十分で到着できるのも魅力的かな。このくらい冷えていれば、シイタケ栽培も成功しそうですよ」
カルパナはスマホで連絡を取っていたのだが、それを終えてラメシュに微笑んだ。
「そうですか。幸先が良さそうですね。ナウダンダでスバシュさんが待機しています。チヤ休憩を終えたら向かいましょう」
茶店は舗装されたジョムソン街道沿いにあるのだが、その道から外れてナウダンダの集落へ入っていく。
当然ながら土道なのだが、思った以上にデコボコは少ないようだ。スイスイとバイクを走らせていくラメシュである。
後部荷台から道案内を続けていたカルパナが、手を振っているスバシュを指さした。彼のそばには、シイタケのほだ木が道端に山積みにされている。その先の土道は細くなっていたので、ここまで運んで断念したのだろう。配達の目的地である段々畑までは、残り百メートルといった所だろうか。
「彼の所まで走ってください。うわ。ほだ木の量が結構ありますね」
すぐに到着してバイクを停め、スバシュと合掌して挨拶を交わすラメシュとカルパナだ。早速ラメシュがほだ木の状態を確認し始める。それもすぐに終わって、ほっとした表情を浮かべた。
「乾燥割れや腐った部分は無いですね。良かった」
ラメシュの説明によると、このほだ木は一年前のプス月に伐採して準備したものという事だった。ネパール歴のプス月は、西暦太陽暦の十二月中旬から翌一月中旬までの期間になる。
作業しやすいように、ほだ木の長さは一メートルで統一されていた。直径は十から二十センチまでとバラバラだが。
「このほだ木に来週、シイタケの種菌を植えつけます。この種菌は劣化が早いので、植えつけの前日に首都から届くようにしますね」
カルパナがうなずいて段々畑の一角を指さした。耕作放棄地で、高さ数メートルの雑木が生えている。しかし下草はキレイに刈り払われていて、雑木の枝もかなり間引かれているために見通しが良い。
「ラメシュ先生。シイタケの栽培ですが、あの場所にしようと思います。それで構いませんか?」
ラメシュもその場所を見て、満足そうにうなずいた。
「良い場所ですね。木漏れ日が差し込む程度でしたら問題ありませんが、念のためにほだ木を遮光ネットやトタン板等で覆っておくと良いでしょうね」
そして、今度はスバシュに顔を向けた。
「では、ほだ木の組み方を説明します。何種類かあるのですが、ほだ木が地面に接触しないように組むのが基本です」
ラメシュがほだ木を何本か手に取って、道端で組み立て始めた。まず最初に地面に雑木の薪を二列に並べる。その上にほだ木を横積みしていく。ほだ木の上に、さらにほだ木を横積みにして重ねた。
「作業の効率を考えると、組み上げる高さは六十センチまでにした方が良いでしょうね。この上に遮光ネットやトタン板を被せて、保湿しておきます。こうやって、種菌を植えつける日まで待機ですね」
スバシュとカルパナがそれぞれのスマホで撮影をした。その様子を見ながら、ラメシュが補足説明を加える。
「ほだ木ですが、樹皮が生きているのは使わないでくださいね。枯れている事を確認してください。既に野生のキノコが生えていたり、腐っていたり、樹皮が乾燥して割れているモノも使えません」
了解したスバシュとカルパナに微笑んでから、ラメシュがカレンダーを確認した。
「来週のシイタケ種菌の植えつけですが、ゴパルさんも呼んだ方が良さそうですよね。それと、カルナさんにも声をかけておいてください。電動ドリルを使いますので、延長コード等を準備しておいてくださいね」
カルパナが撮影を終えてうなずいた。
「分かりました。カルナちゃんには私から誘ってみます。いよいよシイタケ栽培ですね。ワクワクしてきました」
スバシュもニコニコしている。ワラワラと農民達が集まってきていた。道端に山積みになったままでは通行の邪魔になるので、電話して助力を頼んだのだろう。
「何たって高級キノコですからね。盗人への対策も進めています。この次はエリンギですよね。これも需要が多いんですよ」
ラメシュが口元を緩めて首を引っ込めた。
「一つ一つ順番に進めましょう。私は博士課程ですので、自由にできる時間が限られています。キノコ指導で博士になれなかったら、本末転倒なので」




