ニンジンとタマネギ畑
翌日は朝からカルパナの案内で、パメの段々畑を一緒に見て回るラメシュであった。冬の朝なのでフェワ湖には霧が立ち込めていたが、段々畑を上ると霧の上に出た。
ちょっとした雲海が眼下に広がっているのを見て、ラメシュがいったん立ち止まってスマホで写真を撮っている。
カルパナが心配そうな表情でラメシュに聞いてきた。
「ダナ先生とスルヤ先生の二人は、大丈夫ですか?」
ラメシュがニヤニヤしながら答えた。
「人生初の本格的なバイトでしたからね。慣れない事をして疲れただけですよ。昼までには復活しますから、ご心配なく」
上空を見上げると、十羽ばかりのハシボソハゲワシの群れがゆっくりと旋回して飛んでいた。この時期によくみられる渡り鳥だ。おかげでカラスは森の中に引っ込んでしまっているようだった。
最初に着いたのはニンジン畑の跡だった。ここの畑ではニンジンの収穫が終わっていて、薄っすらと雑草が生え始めている。
カルパナが網柵を乗り越えて畑の中へ入り、畑の一角を指さした。数株ほどニンジンが残っている。
「ニンジンの自家採種を後日始めます。といっても、ニンジンを掘り取って、涼しいナウダンダの倉庫で保管するだけですけれどね」
ラメシュが視線を西の尾根筋に向けた。
「ナウダンダは、この方角でしたよね。バスの中から何度か見かけましたが、相当に涼しそうな場所ですね」
カルパナも西の尾根筋を見上げてうなずいた。
「ここからでは見えませんね。標高がガンドルンと同じくらいありますから、首都よりも涼しいと思いますよ。もうそろそろ、霜が毎日降りる時期に入りますね」
作業員の農家がやって来てカルパナに合掌して挨拶をした。カルパナとラメシュも合掌して挨拶を返す。
カルパナがその作業員に作業をお願いすると、ハワスという返事が返ってきた。苦笑しながらラメシュに振り返るカルパナだ。
「では、タマネギ畑へ向かいましょうか」
少し歩くとタマネギ畑に着いた。すくすくと順調に育っていて、ケシャブ達が肥料を畑にまいていた。
「おはようございます、カルパナ様」
「おはようございます。ケガをしないようにゆっくり作業してくださいね」
再び合掌しての挨拶を交わしてから、カルパナが簡単に説明してくれた。ラメシュは畑の中へ入らずに、網柵の外からスマホカメラで撮影をするつもりのようである。
「この畑は、途中からKLを使い始めています。今回も追肥にKLを使っていますよ」
追肥の内容は、タマネギの一株当たり土ボカシを五十から百グラムの割合で根元に置いているという事だった。
「タマネギの育ち具合に応じて量を調整しています。畑の土の上に、土ボカシを置くだけですので作業が楽ですね」
ラメシュは農家ではないので、素直に聞いて撮影を続けている。しかし一つだけ疑問が生じたようで、カルパナに質問した。
「研究室では化学肥料だけを使って栽培試験をしたのですが……この畑では肥料が不足していませんか?」
カルパナが素直に認めた。
「はい。特にリン酸が大事ですね。確か、百グラムの土当たり百ミリグラム以上のリン酸濃度にならないと、タマネギが球になりにくいそうです。農業開発局の人がそう言っていました」
ラメシュも同意する。
「私もうろ覚えですが、そのような値だったと思います」
カルパナが視線をタマネギ畑に戻した。
「ですので、土ボカシの追肥回数を増やすつもりですよ。ポカラ工業大学が開発している生ゴミボカシ製造機と、レカちゃんのリテパニ酪農が作る予定のバーク堆肥作りが本格稼働すれば、こういった手間もかからなくなると思います」
ラメシュがケシャブ達の作業を撮影しながら同意した。
「そうですよね。田舎は過疎化が進んで人手不足です。農作業は簡略化した方が良いでしょうね」
撮影を終えて、ラメシュがスマホで時刻を確認した。
「では次にナウダンダへ向かいましょうか。シイタケのほだ木が到着したと、運送業者から知らせが入りました。状態を確認しておきましょう」
専門分野なので、口調が浮かれた感じになるラメシュであった。カルパナもニコニコしてうなずく。
「分かりました。では私のバイクで向かいましょう」
そのバイクだが、ラメシュが困った表情になった。彼が後部荷台に座ったのだが、ゴパルの時と同じくどこに手をかけて良いのか分からなかったためだ。
学生達と相乗りする際には、運転者の腰を両手でガッチリとホールドするのだが……とりあえず、そのようにやってみるラメシュだ。
後部荷台に座って、運転者のカルパナのウエスト辺りを両手でつかんでみる。今は冬なのでカルパナも厚手のジャケットを着ているのだが、それでもビクリという反応が両手に返ってきた。
(うーん……これじゃあ運転に集中できないよな)
両手を離したラメシュが後部荷台から降りた。
「私が運転しますよ、カルパナさん。くすぐったいでしょ?」
カルパナもバイクから降りて、少しうつむきながら同意した。
「……そうですね。すいません、お願いします。ゴパル先生は荷台の後端を持っているのですが、私に気をつかってくれていたのですね」
試しにラメシュがゴパル方式でやってみた。しかし、彼の身長が百八十センチとゴパルよりも十センチ高いせいで、後ろにのけぞるような姿勢になってしまった。
その姿勢のままで軽く呻く。
「うぐぐ……これは結構しんどい。やはり私がバイクを運転した方が良さそうです」
結局ラメシュが運転して、後部荷台にはカルパナが横座りする事に落ち着いた。ラメシュがバイクのスターターボタンを押して、エンジンを点火させる。小気味良い排気音が冬空に流れ始めた。
「では発車します。道案内を頼みますね、カルパナさん。ゴパルさんよりは運転に自信がありますので、安心して乗ってください」
カルパナがクスクス笑いながらうなずいた。
「はい。それは安心できますね」
ラメシュの運転は確かに安全運転そのものだった。つづら折りの上り道をスイスイと走り抜けて、森を抜けると尾根筋に出た。思わず寒さに身震いするラメシュとカルパナだ。
ミニバスを抜き去りながら、ラメシュが後部荷台のカルパナに提案した。
「さすがに上は冷えますね。どこか茶店で暖をとりませんか?」
カルパナが北の空にそびえるアンナプルナ連峰とマチャプチャレ峰を見上げながら賛成した。ヘルメット内に付けている簡易無線機のおかげで、会話も楽なようだ。
「そうですね。では、ナウダンダの手前にある茶店で一服しましょう」




