ガンドルン
果たして、沢を越え、民宿を越えた先には、百数十軒もの民家と民宿、それに農家が密集した山村が広がっていた。ガンドルンである。
集落内の道は石畳で覆われていて、独特の造りの家や宿が、互いに接するように建ち並んでいた。グルン族の建築様式で、石畳の通路と中庭に囲まれた、石造りの堅牢な四角い建物だ。石の表面には白い土を塗っていて、黒い平板石でふいた三角屋根との対比が目を引く。
伝統的な建築様式では木材の柱を使うのだが、大地震が起きた後は、鉄筋コンクリートの柱と、金属製の梁を使う家が増えてきているらしい。
それが実現できているのも、ガンドルンのすぐ下まで車道が開通したためだろう。
ロバ隊による輸送に比べると、トラック輸送では、運搬できる物資の量が、飛躍的に増加する。
その影響は、雑貨屋や食料品店でも顕著に現れていた。大きな一立方メートル級の水タンクが、陳列されて売られている。米や小麦に豆の袋も多い。食用油の缶も、積み重ねられて売られていた。
ガンドルンは標高千九百メートルにあるので、トマトやナス、唐辛子といった暖かい場所で育つ野菜の栽培は、暑い季節だけに限定される。
ハウス加温栽培は、ボイラー用の燃料が大量に必要になるために、現実的ではない。
車道がガンドルンまで接続しない区間は、いちいちロバ隊や人力で、燃料を運び上げないといけないので、コストが高くなってしまう。ナヤプルやビレタンティから野菜を買った方が安いのだ。
そのロバ隊は、ガンドルン内外にかなり駐留している。そのため、ガンドルン内では、石畳の村内道と、民家の中庭や前庭との境界に、竹を数本ほど横に渡した柵を設けている。ビレタンティと同じく、家畜の侵入を防ぐためだ。
ここでは、さらにロバの侵入も防ぐ役割がある。それと、中庭や前庭での、糞害の防止も兼ねている。
民家は三階建てもあり、二階部分には木造のテラスがある。テラスは物干し場にもなっていて、衣類が紐に掛けられて干されていた。雨期なので、洗濯物が乾きにくいだろうが、仕方がない。
ガンドルンでも雨が降り続いているので、野外カフェやレストランは営業していなかった。傘を差して石畳の上を歩いている、欧米人観光客の人数も少ない。
「ガンドルンからは、アンナプルナ連峰が、良く見えるという話だったけれど……やっぱり雨期では見えないか」
まあ、期待はしていなかったので、特に落胆する事も無く、まずはアンナプルナ保護地域の、管理事務所本部へと向かう。
住民に道を聞いて歩いて行くと、すぐに見つかった。段々畑を潰して建設された、グルン様式の立派な建物だ。尾根筋に建っているので見晴らしも良い。今は、全方位が雨雲に覆われているが。
「ここか」
ゴパルが、ネパール語と英語の表記がされた、看板を見上げる。
「事務所長に挨拶をしておかないとね」
そのままのレインウェア姿で、リュックサックを背負ったまま、建物の中へ入っていくゴパルであった。




