米粉の麺
それを聞いたサビーナが、軽く腕組みをして小首をかしげた。
「うーん……米の麺でパスタか。団子はお菓子とかスープよね。色々と試作してみるか」
米の麺には、タイのクエッティオやベトナムのフォー、中国のビーフン等がある。
カルパナ、それにラメシュも同じように小首をかしげて思案している。レカは我関せずの表情だ。ラメシュがまずつぶやいた。
「ネパールで米の麺となると、ティハール大祭の時によく食べるセルローティくらいでしょうか。でも、ソレは麺じゃなくて、揚げドーナツですけれど」
カルパナが同意した。
「そうですね。セルローティは確かに自家製の米粉を使います。生地はかなり水っぽくなりますから、麺にするのは難しいかな」
ディーパク助手が最後に口を開いた。ちょっと意外そうな表情になっている。
「ネワール族の料理でしたら、米粉を使ったジリンガという半乾燥麺がありますよ。結婚式とか誕生日の祝い事に出します」
そして、コホンと小さく咳ばらいをした。
「……ジリンガは一般的ではなかったですか。すいません。ネワール族の間ではよく食べるので、つい」
皆の視線が自然にレカに向けられたが、スマホ盾を掲げて防御されてしまった。
「引きこもりのわたしがー、作り方なんか知ってるわけないでしょー。ジリンガはよく食べるけどー」
ラメシュがボサボサ気味の髪をかいた。
「作り方を知らないので、誰かから学ぶ必要がありますね。レカさんやディーパクさんの知り合いの方に聞いてみるとか」
その時、パン工房長が遠慮がちに申し出た。
「あの……ワシらマガール族でもジリンガはよく作るんですよ。試作してみましょうか?」
彼の作り方はネワール族とほぼ同じだった。ネワール族の場合では食紅を使って、赤や緑色などにジリンガの麺を染めるのだが、彼の場合は使わないという話だった。
ミンチを作る機械を使って、米粉の生地を押し出して袋麺のようにまとめる。まとめた形は円形になり、それをザルに並べて天日乾燥させる。乾いたら完成で、菜種油でカラッと揚げてスナックとして食べる。
サビーナが調理方法を聞いてから思案した。
「揚げてしまうと料理の幅が狭くなるわね。揚げるのはナシ」
一同が同意する。サビーナがパン工房長に指示を出した。
「幅広のパスタのような形のジリンガにしてちょうだい。それで、二十四時間営業のネパール料理屋で麺料理として使ってみるか。そっちの売り上げの方がピザ屋よりも大きいし」
正確にはネパール料理と北インド料理の店で、地元客やインド人観光客で年中賑わっている。ゴパルはこれまでずっとピザ屋ばかり利用していたのだが、実は二十四時間営業の店は他にもある。一つはこのネパール北インド料理屋で、もう一つは中華料理屋だ。
「マガール族の農家の副業として考えると、消費量が一番大きいネパール料理屋で使った方が良さそうよね」
快く了解するパン工房長だ。
「押し出し機械の調整もあるので、これまで通りのジリンガと、幅広のジリンガの二つでやってみますよ」
レカがニマニマしながら一言添えた。
「ジリンガって揚げるとサクサクして美味しいのよー」
食感としては、極細のおかき……といった感じだろうか。ちなみにセルローティでも、おかきのような食感になる事がある。
サビーナが再び考える仕草を見せた。
「……ふむむ。米粉のジリンガパスタか。ピザ屋やわたしの店で使っても面白そうね。汁麺にしたらフォーになって、炒めたらパッタイになるのかな。そのイメージでパスタ料理を考えてみるか」
ラメシュが感心しながらディーパク助手に話しかけた。
「こんなに素早く物事が決まっていくんですか。凄いですね」
ディーパク助手が軽く肩をすくめて笑った。
「行動力のお化けみたいな人達ばかりですからね。おかげで私の上官のスルヤ教授も張り切っていますよ」
ラメシュが同情の表情に変わった。
「実行部隊は大変になりますね。機械作りまくりじゃないですか」
ディーパク助手も首を引っ込めて苦笑した。
「ですねえ。ラメシュさんの研究室も大変ですよね。低温蔵までの往復の苦労とか、察しますよ」
レカが最後の一切れになった田舎パンを食べながら、サビーナに聞いてきた。
「ねーねーサビっち。米粉パンとか麺とか色々やってるのねー。レストランの客ってー、そんなに食事にわがままなのー?」
サビーナが田舎パンを全て食べ終えて、軽く肩をすくめて笑った。
「そうなのよ、まったく……汎用小麦粉嫌い病の客が居るのよね。おかげで、汎用小麦粉を使わないピザとかパスタとか、平気で要求してくるから困ったものなのよ」
汎用小麦粉を使わないピザの場合は、代わりに潰したカリフラワーを使ったりもしているという話だった。
「それだけじゃ生地がまとまらないから、ツナギに山芋を使ってるわよ」
麺類では、野菜の細切りを代用品に使う事も多いらしい。
「ズッキーニとかカボチャ、パパイヤ、それにニンジンの細切りなんかをよく使うわね。この野菜細切りをパスタの代わりに使って、ジェノベーゼソースで出すのが多いかな。あ、野菜にはちゃんと個別に熱を通して、下味をつけているわよ」
ちなみにサラダでも、おろし金を使ってスライスしたブロッコリー等を使う場合があるそうだ。
カルパナが少し眉をひそめながらコメントした。
「……大変ね、サビちゃん。パメの家に泊まっている巡礼客にも食事に気を使うけれど、いざとなれば塩抜き油抜きで押し通す事ができる分だけ気が楽かな」
サビーナが自身のスマホで時刻を確認して、軽くため息をついた。
「さて、店へ戻るか。そろそろ予約客への料理の仕込みが整う頃ね。それじゃあ、今日はここで解散しましょう」
レカが頬を膨らませた。
「えええー……屋台に戻るの面倒くさいー。人混み嫌いだー」
ディーパク助手が半分ほどレカの言い分に同意しながら、それでも促した。
「気持ちはよく分かりますよ。私も仕事するのは嫌いですし。スーパー南京虫の駆除とか、駆除とか、駆除とか」
コホンと咳払いをして気分を落ち着かせた。
「……システムやプログラムのバグ取り作業もやりたくないですしね。まあ、ほどほどに済ませましょう、レカさん」
ぐぬぬ……という表情になって不満を言う事を止めるレカであった。とりあえずスマホ盾をディーパクに向ける。
「ここに残っても、お腹が空くだけだしなー……わかったーもどるー」
レカとディーパク助手との会話を聞いていたラメシュに、カルパナがそっとささやいた。
「レカさん、何度も仕事でポカラ工業大学へ出かけているんですよ。ディーパク先生と親しくなってきたようで、私も嬉しいです」
「へえ……興味深いですね。私はキノコ屋なので、女性には縁がなくて。親兄弟や親戚から散々に言われていますよ」
カルパナがクスリと微笑んだ。
「ゴパル先生もそのようですね。大学の先生って女性にもてると思っていたのですが、そうでもないのですね。意外です」
ラメシュが自嘲気味に首を引っ込めた。
「キノコ集めも菌集めも、傍から見ると不審者そのものですからね。私もゴパルさんと同じように、何度も警察に通報されています」




