二十四時間営業のピザ屋
インドやネパールの映画音楽が結構な大音量であちらこちらから流れてくる。その中をカルパナが人混みをかきわけて、ラメシュ達三人を案内していく。
地元のバンドも路上で演奏していて、それをいくつか通り過ぎていく。カルパナがその地元バンドのメンバーに手を振って挨拶を交わしてから、ラメシュに話しかけた。
「私の弟もバンドをしているんですよ。新年カウントダウンのイベント中に演奏していました。今日は仕事で演奏はありませんが、この新年祭の最終日に演奏する予定です」
ラメシュがバンドの演奏を聴いて答えた。このバンドの演奏は、お世辞にも上手とはいえないようだ。軽快なロックで、地元民謡のレッシャムピリリをアレンジした曲なのだが、肝心のギターとベースの音がずれたり外れたりしている。
「へえ、有名なのですね。私も聞いてみたいのですが、最終日には首都に戻っています。残念です」
カルパナが大きな藤製の手提げバッグを持ち替えながら、軽く首をすくめた。
「新年祭の間は、さすがにキノコや野菜の出荷で忙しくなりますね。弟にも配達を手伝ってもらっています。来年の新年祭で聞いてみてくださいな」
人混みをかき分けて到着した先は二十四時間営業のピザ屋だった。学生や外国人観光客が大勢詰めかけていて、店内には入れそうにもない。
「凄い人気ですね」
驚いて見ているラメシュ達に、カルパナが手招きした。
「裏の通用口から入りましょう。こちらです」
案内されるままに通用口に回ると、コックコート姿のサビーナが出迎えてくれた。カルパナに駆け寄って、手提げバッグの中身を早速確認する。
「いらっしゃい、カルちゃん。ん。これだけあれば今晩は大丈夫ね、ありがと」
厨房スタッフに手提げバッグを渡したカルパナが、ラメシュ達を紹介した。合掌して挨拶と自己紹介を済ませるラメシュ達とサビーナだ。
「わざわざ首都から遊びにきてくれたのか。ありがとね。店内は満席だから、湖側のテラス席で何か食べていきなさい。テーブルが満席だから、立ち食いになっちゃうけど」
カルパナがニコニコしながらラメシュに教えてくれた。
「人気なのはマルゲリータピザですね。レカちゃんの所で作っている水牛のモッツァレラチーズと、私の所で栽培しているトマトを使っています。ヒラタケやオイスターマッシュルームを使ったクリームパスタも人気ですよ」
ラメシュが驚いた表情に変わった。
「え? もうキノコの料理をメニューに取り入れているんですか。素早いですね」
サビーナがラメシュ達を湖に面したピザ屋のテラス席へ案内しながら、ドヤ顔で微笑んだ。
「こういったイベントで新作料理を発表するのよ。間に合って良かったわ」
テラス席は厨房とも行き来が容易にできるように設計されていた。今も盛んに給仕スタッフが料理や飲み物を持って出入りしている。通用口のそばには食器洗いの水場があり、これまた数名のスタッフが食べ終わった食器を洗っている姿があった。
サビーナが食器洗いをしているスタッフにねぎらいの言葉をかけてから、厨房の中の様子をうかがっているダナとスルヤに注意した。
「コラコラ。今は大忙しなんだから厨房の中へ入らない事。石窯に触れてもダメだからね。ヤケドしても知らないわよ」
ブツブツ何か文句を垂らしながら、石窯に伸ばしていた手を引っ込めるダナとスルヤだ。既に石窯を囲むように鉄柵が巡らされていたのだが、それでも近寄らせないサビーナである。
早速、スタッフがマルゲリータピザとキノコのクリームパスタを試食用の小皿に分けて持ってきた。ピザは一切れで、少量のパスタが一緒に添えられている。小皿自体も小さくて、片手の手の平に楽に乗るサイズだ。
それらが最初にダナとスルヤへ渡されていく。続いてラメシュとカルパナにも渡った。サビーナが最後に小皿を受け取った。
「お代は要らないわよ、ラメシュ君達。試食していってちょうだい。飲み物はゴパル君が指導しているバクタプール酒造の白ワインにしておいたわ」
これも試飲用の小さめのグラスだ。普通の白ワイン用のグラスの半分程度の量だろうか。テラス席の一角がちょうどカウンター席になっているので、そのテーブルに人数分のグラスが置かれた。
試食の量が少ないのか、軽いジト目になっているダナだ。サビーナに聞いてきた。
「サビーナさん。試食のお代わりはできますかね?」
呆れた表情になったラメシュがダナをたしなめようとしたが、サビーナが愉快そうに笑ってラメシュを止めた。
「タダでは無理ね。そうだ、これからあたしと一緒にレストランへ行きましょう。ちょうどゴミ捨て係と食器洗い係が不足しているのよ。新人を雇ったんだけど、一日で逃げ出してしまって困ってたのよね」
そしてダナと、なぜか隣のスルヤの体型をじっと見つめた。
「ん。ゴパル君と違って、Cランクの枝肉になりそうな体つきね。臨時バイトとして雇ってあげるわ」
目を点にしているダナとスルヤだ。それでも試食の皿を平らげているが。
「は? どうしてバイトなんか」
「ど、どどどどういう事ですか。労働契約なんか結んでいませんよっ」
しかし、ダナとスルヤの必死の抗議はサビーナの耳には届かなかったようだ。テラス席に面している湖畔に、一隻のモーターボートが接岸してきたので、その船長に手を振る。
「今行くわ。ホラ、ダナとスルヤ君。さっさと行くわよっ」
なおも手足をバタバタさせて抵抗するダナとスルヤであったが、ピザ屋のスタッフが数名がかりで問答無用で連れ去ってしまった。
そのまま接岸したばかりのモーターボートに放り込んだ。もやい綱で船を係留していないので、危うく湖に落ちそうになっている。
「ぎゃー、人さらいー」
「ラメシュー! 警察呼んでくれー」
ラメシュはニコニコしながら手を振った。
「良かったな。タダ飯にありつけるぞ」
サビーナが続いてモーターボートに飛び乗った。ピザ屋のスタッフも二人同乗する。船長に出発の命令を下して、ラメシュに手を振った。
「それじゃあ二人を借りるわね。バイト代は時給分しっかり払うから心配無用よ」
ラメシュが手を振り続けながら穏やかに笑った。
「よろしくお願いします、サビーナさん。ダナ、スルヤ良かったな。貴重なバイト体験ができるぞ」
涙目になって訴えるダナとスルヤだ。
「ラメシュうう! この裏切り者めえええっ」
「行くのはダナだけでしょー! なんで僕までええええ」
カルパナがニコニコしながらサビーナに手を振った。
「あまりこき使わないようにね、サビちゃん」
船長が船の先を回転させてダムサイド方面に向けた。サビーナがニヤニヤしながら答える。
「それは、ダナ君とスルヤ君の能力次第ね。こき使える能力持ちだと嬉しいわ。それじゃあカルちゃん、また後でね」
モーターボートが発進した。あっという間にフェワ湖の湖面を突っ走って去っていく。
次第に細く小さくなっていくダナとスルヤの悲鳴を聞きながら、カルパナが穏やかな笑みをラメシュに向けた。
「今は歩行者天国ですので、船を使った方が早く行き来できるんですよ。今晩の宿はルネサンスホテルのいつもの部屋ですよね?」
ラメシュが素直にうなずいた。もう悲鳴は届かない。
「はい。ですので、倒れるまで使ってくれて構いませんよ。私は全く困りません」




