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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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雑談

 少しの間談笑していると、客席スタッフがキノコのクリームパスタを運んできた。サビーナも今回は会員席に座っていて、食べる側の人になるつもりのようだ。

「キノコはカルちゃんの所で栽培しているヒラタケとオイスターマッシュルームね。これに輸入モノのマッシュルームとエリンギを加えてるわ。白ワインはいつものバクタプール酒造産。さ、冷めないうちに食べなさい」


 ゴパルが早速パスタを食べ始めながら、小首をかしげてサビーナに聞いた。

「あれ? 今回は撮影しないのですね」

 サビーナがフォークとスプーンを使って、クリームパスタを巻き取りながらニッコリ笑った。

「コレは以前に撮影してるのよ。ホテル協会のサイトに置いてるから、興味があったら後で見てみなさい」

 サマリ協会長もパスタを食べながら、サビーナに聞いてきた。

「このパスタは輸入品ですよね。まだポカラ産の小麦は粉にされていませんか?」


 サビーナがカルパナに視線を投げてから、否定的に軽く首を振ってサマリ協会長に答えた。口調がいつもよりも丁寧になっている。

「パスタはイタリア産ですね。小麦の栽培試験は先日始めたばかりです。粉になるのは西暦太陽暦の六月になってからかな。今回の小麦は麺用の品種だから楽しみにしてますよ」

 サマリ協会長が少し落胆しながらも、穏やかに答えた。白髪交じりの細い眉は沈んだままだが。

「そうでしたか。私の耳に入った情報が間違っていたようですね。では、来年の六月を楽しみにしています。乾麺でしたら長期保存もできますから、ジョムソンのホテル協会でも使えそうですね」


 ジョムソンはタカリ族の拠点でもあるのだが、チベット系住民も多く住んでいる。

 タカリ族は米食なのだが、チベット系住民は小麦やソバ食だったりする。米のご飯の代わりに、すいとんやディーロ、汁麺、それにモモと呼ばれる蒸し餃子が主食だ。

 従って、小麦粉の質は重大な関心事になる。なお、日本の蕎麦そばの麺に相当するものは無い。


 ゴパルがカルパナに視線を向けると、恐縮して小さくなっていた。とりあえず励ましてみる。

「カルパナさん。焦っても気負っても仕方ありませんよ。相手は赤サビ病やいもち病ですから、私達が話して説得できる相手ではありません。耳も口もありませんしね」

 ネパールを含む南アジア諸国では、この二つの病気が大流行している。最近では赤カビ病も深刻だ。ポカラは亜熱帯なので他の涼しい地域よりも、この赤カビ病の被害が深刻になるのではないかと心配されている。現状では、育種学研修室のゴビンダ教授と微生物学研究室のクシュ教授が開発した薬剤を散布して予防している。

 赤サビ病は涼しい地域で猛威を振るっているのだが、やはりポカラでも発生すると予想されているので同じように予防している。現状では赤サビ病の方が世界的に深刻な状況である。

「小麦が実るかどうかは、育種学のゴビンダ教授の知恵次第です。私達はせいぜいKLで栽培環境を整えて、小麦を応援する事くらいしかできませんよ」


 カルパナの緊張が和らいだのを見てから、ゴパルがサビーナと二人のホテル協会長に視線を向けた。少し専門分野に関わっているようで、口調が冷静なものに変わる。

「病原菌も生きていますから、侮ってはいけません。生物は環境に応じて刻々と変化していきますからね。慌てず騒がず冷静に知恵比べをするのが、最終的に良い結果をもらたします。もしも今回失敗したとしても、あきらめずに再挑戦するくらいの心積もりでいてください」


 二人の協会長はそれで納得したようだ。

 しかし、サビーナだけは不満の表情を続けている。早くもクリームパスタを食べ終えて白ワインを飲み干していて、ゴパルに軽いジト目を向けた。

「でもね、汎用小麦粉って不味いのよ。パンはバターやクリームに塩砂糖なんかで味をつける事が簡単にできるけれど、麺は難しいのよね」

 そう言って、軽くため息をついた。

「そうなるとソースやダシに頼るしかないんだけど、その土台になる麺の味が弱いままだと困るのよ」

 先進国では汎用小麦粉では無く、用途別の小麦粉を使用している。外国人観光客の味覚基準が用途別の小麦粉なので、汎用小麦粉を使った料理はおおむね不評になってしまうのだ。それはホテル協会にとっても好ましい事でははない。

「このピザ屋も、カルちゃんのトマトや野菜、レカっちのチーズがあるから繁盛しているんだし。結構危ない綱渡りをやってる状況なのよ、ゴパル君」

 サビーナがキリリとした表情でゴパルを見つめた。

「今回はキノコという素材が新たに加わったから、こうして記念に呼んだってわけ」


 そう言われると、大人しく引き下がるしかないゴパルであった。しかし、カルパナの表情は明るくなったようだ。ゴパルに礼を述べて、パスタと白ワインを平らげた。

「ゴパル先生が仰った事はよく分かります。一歩一歩ゆっくりと進むしかありませんよね。次回の小麦栽培の試験も申請を終えましたよ。パン用の小麦です」

 それを聞いてサビーナとサマリ協会長は喜んだのだが、ラビン協会長はもう一声欲しいような表情をしている。

「ポカラに滞在する外国人観光客ですが、富裕層が次第に増えてきています。我々ネパール人の富裕層も着実に増えてきていますね。彼らは小麦をアレルギー食品と考えている所がありまして……もう一工夫する必要があると思います」


 これまでのやり取りをニヤニヤしながら愉快そうに聞いていたアバヤ医師が、口を挟んできた。彼もパスタを食べ終えていて、白ワインもほぼ飲み干している。

「小麦グルテン食べない私って偉い病……だな。一種のファッションみたいなものだ。実際に米国人の四人に一人くらいは、その病気にかかっておるよ。連中は小麦アレルギー体質ではないのだがね」

 ゴパルも海外の懇親会で、小麦嫌いを公言する人達を見た事があった。玄米や他の雑穀を食べていたような記憶がある。

 アバヤ医師が小さくため息をついてから話を続けた。

「本当のアレルギー持ちは米国人の一%くらいしか居らんな。他の国も似たようなものだろう」


 小麦グルテンはタンパク質の一種だ。小麦アレルギー体質の人が食べると、時として命に関わる状況に陥る事がある。そのため、小麦を使用していると成分表示で明記する事は必要だ。

 ただ、小麦アレルギー体質ではない人が避けるのは、自らの食事の選択肢を狭めるだけだろう。


 サビーナが真面目な表情でテーブルから立ち上がった。

「あたしも前から考えてたのよ。小麦粉を使わない麺なら、米粉麺があるからそれで代用できるわよね。でもパンの場合は、米粉だけだと膨らみが悪いし焼き色も淡いのよね……」

 そう言って、ゴパルの顔をじっと見つめた。嫌な予感がして、思わずたじろぐゴパルだ。

「まだ試行錯誤しているんだけど、せっかくだから見てもらえるかしら。ゴパル君の意見が聞きたい」

 ゴパルが逃げ腰になって答えた。

「私は、パン焼きとか全くの素人ですよ」

 サビーナが真面目な顔のままで口元を緩めた。

「そんなに期待してないわよ。そうね、せっかくだからゴパル君に撮影してもらおうかな。作業着に着替えて厨房へ来なさい」

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