チヤ休憩
そんな絶壁の道の途中に、何と一軒の茶店があった。非常に簡素な造りで、森から切ってきたネパールハンノキを数本、枝を切り落として柱にし、横木を渡して補強してから、上に穴が開いた中古のトタン屋根を被せている。いうまでもなく、掘っ建て小屋だ。
それでも、きちんとした薪かまどで、ヤカンを火にかけている。普通は、灯油コンロを使うものだが。かまどの奥には薪の山があり、衣服が干されていた。
当然のように立ち寄るゴパルである。
「やあ、よく降る雨ですね。チヤを一杯もらえますか」
オヤジと呼ぶには、かなり歳をとった男が、ニコニコしながら返事をする。彼はグルン族の顔立ちでは無いのだが、同じモンゴロイド系の顔だ。恐らくはプン族だろう。
「へい。ちょいと待ってくれ、旦那」
ヤカンから、ガラスコップにチヤを注いで出してきた。こんな屋台なのに、きちんとした水牛の乳を使っている。内心驚くゴパルだ。ヤカンは、長年使いこんだせいで真っ黒。
その歴史の臭いが、チヤに混じっている。ゴパルは、この臭いが嫌いではなさそうである。垂れ目を細めて、オヤジに聞いた。
「これからガンドルンへ向かいます。民宿ローディって知っていますか?」
オヤジが、しわが目立つ顔をほころばせて、前歯が数本抜けた歯を見せた。
「おう。良い宿を選んだね、旦那。グルン族が経営する民宿は、ろくでもない所が多いんだが、あの民宿は良いな。ワシも時々、飯を食いに行くよ」
なるほど、と素直に聞くゴパルである。確かプン族は、ゴレパニ周辺を本拠地としている少数民族だったかな、と思い起こす。
それから、オヤジと少しの間、雑談を交わす。ここは、シャウリバザールという、ちゃんとした地名があるという事だった。バザールにしては、他には、屋台や店が見当たらないが。
「車道が通る前は、ちょっと離れた場所にあったんだよ。ちょいと移動してきた。こう見えて、なかなか繁盛しているんだぜ」
ネパール人の言う『ちょっと』の範囲は、相当なものなので、普通に聞き流すゴパルであった。チヤ休憩を終えたので、代金を手渡す。
「ごちそうさま。さて、ガンドルンへ入るかな」