掃除
翌朝は日の出と同時にフェワ湖畔全域で、ボランティアによる掃除が始まった。ゴパルも眠い目をこすりながら参加している。
「さすがに朝が早いなあ……」
カルパナは既に掃除を始めていた。ゴパルを見かけて手を振ってくる。今朝は野良着版のサルワールカミーズに、作業用のジャケットを羽織っていた。今日は足元を気にしてか運動靴を履いている。
「おはようございます、ゴパル先生。朝早くからありがとうございます」
ゴパルが手袋をして火バサミを手にした。ゴミ袋を片手に持って準備完了だ。
「朝早いですね、カルパナさん。睡眠はしっかりとっていますか?」
カルパナが火バサミをカチカチ打ち合わせて鳴らしながら微笑んだ。
「大丈夫ですよ。パメの家では今の消灯時間が十時ですから」
そういえば消灯時間があったっけ……と納得するゴパルだ。カルパナが少し困ったような笑顔を向けた。
「ですが、サビちゃんとレカちゃんは夜遅くまで起きていたそうで、今回は不参加です。サビちゃんは今晩のディナーの下ごしらえに、時間がかかってしまったようですね。レカちゃんは、まあ……いつもの徹夜ゲームです」
ゴパルもカルパナと同じように、反応に困った表情になった。
「レカさん、このままですと過労で倒れてしまいそうですね。ゲームで」
カルパナが深く同意した。
「ですよね。何度も注意しているのですが、なかなか……」
その後、掃除に加わるゴパルであった。結構ゴミが散乱している。菓子袋やジュースの缶を分別してゴミ袋に入れながら、湖畔を歩いて回る。
「プラスチック袋が生分解性に切り替わったのは良い事だけど、それでもまだゴミが多いんだな」
生分解性といっても、完全に分解するには数か月間ほどかかる。紙袋も多いのだが、これも分解に要する期間は同様だ。
湖の奥では、十隻ほどの手漕ぎボートに乗った人達がホテイアオイをすくい上げているのが見えた。救命胴衣を着用していて、見るからに屈強そうな体つきだ。
「国軍の兵隊さんかな。ごくろうさまです」
ゴパルは救命胴衣を持っていないので、彼らをスルーして湖畔の草むらを歩いていく。
「さて、それじゃあゴミ拾いを始めるかな」
真面目にゴミ拾いをしていると、ディワシュがニコニコしながらやって来た。手に持っている火バサミをカチカチ鳴らしている。今日は掃除という事でかなりラフなシャツとズボン姿だ。
「よお、ゴパルの旦那! ABCから下りてきてゴミ拾いとはチャイ、どんな聖人だよ」
ゴパルが同じように火バサミをカチカチ鳴らして応え、両目を閉じた。
「なりゆきでこうなりました。今頃ABCの低温蔵では、ダナ君が不満を垂れているでしょうね。ディワシュさんは運転手の仕事を休んで来たのですか?」
ディワシュが太い眉を上下させてニヤニヤした。
「タダ酒が飲めるからナッ。ゴパルの旦那も飲むんだろ?」
ディワシュが湖畔の一角を指さした。天幕がいくつか張られていて、大勢の人が集まってきているのが見える。どうやら、あの場所で酒盛りを始めるようだ。
ゴパルがその天幕を眺めながら残念そうに呻いた。
「あまり長居できないのですよ。昼前にカルパナさんが来て、ナヤプルまでバイクで送ってくれるという約束でして……」
ディワシュが火バサミをカチカチ鳴らして同情した。
「そりゃあ不運だったナ。バッタライ家に逆らうと怖いからなあ」
詳しい話は聞かない事にするゴパルだ。代わりに天幕に集まっている人達を見て、首をかしげてディワシュに聞いてみた。
「ディワシュさん。あそこに集まっているのは高齢の方ばかりのような気がしますが……何か特別な酒でもあるのですか?」
ディワシュがニヤニヤしながら天幕の方向を見つめた。
「ああ……彼らはチャイ、我らグルン族やマガール族の退役軍人だよ。年金生活してて暇なんだろうな。酒もチャイ、ウィスキーとかブランデーとか持ち寄っているハズだぜ」
へえ、と素直に聞いているゴパルに、ディワシュが耳打ちした。
「爺さん達はスマホとか苦手でナ。ああやって伝言で全てを済ませているんだよ。情報が外に漏れないからチャイ、なかなかに侮れないぜ」
この時代、量子暗号通信は実用化されていたのだが、専用のインフラ設備が必要になる。そのため、まだ普通の暗号通信の方が主流だ。そのせいで盗聴事件が後を絶たない状況である。
ゴパルが少し感心しながら天幕方向を眺めた。
「意外と、昔の方法の方が安全な事もあるんですねえ」
ついでにもう一つ聞いてみる。
「若い人達も居ますね。ここから見ても鍛えているのがよく分かります。現役の軍人さんですか?」
ディワシュがさらに小声で耳打ちした。
「それも居るけれどナ、内戦時に活躍した元少年兵がチャイ、半数以上混じってるよ。今は傭兵部隊や警備会社に勤めてるヤツが多いナ」
さらに声を小さくするディワシュだ。
「人を殺した数でいえばチャイ、元少年兵の方が軍人よりも圧倒的に多いぜ。くれぐれも怒らせるなよ」
そう言われてもピンと来ないゴパルであった。
カブレの町にも反王政勢力が押し寄せたが、戦闘は起きなかった。そのまま反王政勢力に町が加わったので、少年兵の姿も見た事がない。
当時の王政にカブレの住民が不満を抱いていたという面が大きいだろう。首都近郊の食糧生産基地でもあり交易の拠点でもあったカブレの町が、反王政勢力に味方した影響は決定的だった。首都が反王政勢力に包囲される事態になり、内戦が終結する。ちなみに王家は廃絶されずに今も残っている。
「はあ……そうなんですか。気をつけます」
ディワシュがニッコリと笑った。
「それじゃあ、酒休憩しようぜっ。昼までにABCへ帰るんだったらチャイ、もう酒休憩しても良い頃合いだナ!」




