事務所で
そんな雑談をしている間に事務所に到着した。
すぐにクリシュナ社長が外に飛び出して来て、カルパナとゴパルに合掌して挨拶した。やはりラジェシュやレカと同じく、無駄によく動いている。
「ABCからわざわざ下りてきてもらってありがとうございます、ゴパル先生。カルパナさんもようこそ。さ、事務所の中へどうぞ入ってください」
とりあえず事務所でチヤ休憩を挟むゴパル達だ。
カルパナがチヤをすすり、少し驚いたような表情になった。
「あれ? 水牛乳を変えましたか? 風味が良くなっていますよ」
ゴパルには感知できなかったので、チヤをすすっても首をかしげているばかりだ。クリシュナ社長とラジェシュが同じくチヤをすすりながら、ニマニマ笑いを浮かべた。
レカもチヤをすすっていたのだが、カルパナの反応を見て思い出したようだ。すぐにニマニマ笑顔になって説明してくれた。
「あー、カルちゃんは知らなかったっけ。先々週くらい前から、風味が良くなってきたのー。成分分析はまだしてないけどねー」
そして、まだ首をかしげているゴパルに呆れ顔を向けた。
「ゴパルせんせー。チヤ大好き人間なのに、わかんないのー?」
ゴパルが首を引っ込めて両目を閉じた。
「……すいません味オンチで。風味が良くなったのは、水牛の体調が向上したためでしょうか」
クリシュナ社長が無駄によく動きながら、肯定気味に首を振った。
「でしょうね。かかりつけの獣医師さんの診断では、これといった変化は見られないのですけれどね」
そう言って、空になったグラスを近くの事務机の上に置いた。ポケットからスマホを取り出して、記録を確認し始める。
「それでは、これまでのKL使用で分かった事を報告しましょう」
ゴパルが慌てて自身のスマホを取り出して、撮影を始めた。それを見てからクリシュナ社長が話し始めた。
KLの導入は西暦太陽暦の八月第三週目からだった。今は十二月の第三週目なので四ヶ月間が経過している。
「まず一番大きな変化は、悪臭とハエやウジの発生がかなり減ったという事ですね。厩肥や液肥つくりの作業場、それに棚田を利用した排水処理場でもかなり減りました。作業員からも好評ですよ」
ほっとするゴパルだ。撮影を続けながら聞いてみた。
「それは良かった。確かKLと共に光合成細菌も散布する計画でしたよね。どのような手応えを感じましたか?」
クリシュナ社長が少し微妙な表情になって、短髪頭を手でかいた。
「KL以上に臭い消し効果がありますね。光合成細菌それ自体は小便臭いのに、使うと臭いが消えるっていうのは不思議ですよ」
苦笑するしかないゴパルだ。
クリシュナ社長もゴパルと同じような表情になって、話を続けた。
「牛糞の悪臭が解決したので、本格的に牛糞の厩肥を製造する予定ですよ。製材所から木の皮をもらって、牛糞と混ぜて厩肥にします。熟成に一年くらいかかるので、商品化は来年からですかね」
いわゆるバーク堆肥と呼ばれる厩肥だ。
牛糞それ自体に含まれる窒素やリン酸、カリウムといった肥料成分の含有比率は少ないのだが、炭素源を混和する事で厩肥としての肥料バランスが安定する。長期保管も容易になり、作物の根焼けが起こる危険性を減らす事ができる。見た目も牛糞ではなくなって、黒くて重い腐葉土のような印象だ。
クリシュナ社長がニンマリと笑った。
「既に厩肥は周辺の農家や、うちの紅茶園、バナナやパパイヤ園、川向こうのオリーブ園でも使っているんですよ。好評ですね。良い副収入になると見込んでいます。より多くの人を雇う事ができますよ」
そういえば使っていると聞いたなあ……と思い起こすゴパルだ。
クリシュナ社長が自身のスマホを見てから、ゴパルに視線を向けた。
「うちの環境での結論ですが、牛の濃厚飼料に混ぜる米ぬか嫌気ボカシはですね……子牛で一%、親牛で三%ですね。牛に与える直前に混ぜて使っています」
再びスマホを見てから、話を続ける。
「飲水にはKL培養液と光合成細菌を、それぞれ千分の一になる割合で混ぜて使っています。後は、牛舎と牛の体に直接噴霧していますね。これは五百分の一にしました」
一息ついてチヤをすすってから、続きを話した。
「臭いが出ている場所には原液をそのまま散布して、少ししてから五百倍希釈液で水洗いしています」
ゴパルが撮影を終了して、クリシュナ社長に礼を述べた。
「酪農用のKL使用ガイドラインまで作ってもらって、どうもありがとうございます。微生物学研究室では牛を飼う場所が無いので、ネズミやヒヨコで実験していただけでした」
話しながら頭をかく。
「畜産学部には牛がいるのですが、研究用なのでKLを使えなくて。本当に助かりました」
照れているクリシュナ社長とラジェシュだ。レカは酪農作業にあまり関わっていないらしくキョトンとしている。
ゴパルがカルパナに視線を投げてから、クリシュナ社長に提案してみた。
「紅茶園ですが、土壌の水はけと保水力を向上させるために一つ提案があります」
そして先程、紅茶園で作業員と話した内容を紹介した。クリシュナ社長がニッコリと笑って快諾した。
「分かりました。米ぬかばかり使っていて、もみ殻の処分に困っていた所です。KLでペーハー値を中性近くまで上げて使えば、紅茶園でも問題ないでしょうね」
そしてラジェシュとネワール語で短いやり取りをして、ゴパルとカルパナに答えた。
「牛の出産シーズンまで少し間がありますから、実験してみますよ」




