揚げピザ
シスワの食堂では、目当てのジュースが残っていたようだ。ジュースと軽食を摂ってご機嫌になったゴパルとカルパナが、ポカラのレイクサイドへバイクを走らせて戻った。
白い作業着に着替えてから、二十四時間営業のピザ屋の厨房に入る……と、ぐったりしたレカが出迎えてくれた。
「おはよ~……私はもうダメだ。この屍を乗り越えて達者で生きてくれえ、ぐぎゃ……」
サビーナが呆れた表情でカルパナとゴパルに教えてくれた。
「牛の出産シーズンが近いから、ふて腐れているのよ。気にする事ないわ」
そこへ、アバヤ医師が厨房の窓の外から顔を見せた。
「お。始まったようだな。ワシも参加するぞ。厨房に入れさせろ」
サビーナがジト目になって腰に手を当てた。
「また出たな、ヤブ医者。入ってもいいけど隅の方でおとなしくしていなさい。幸い今日は揚げピザだから、食べる人数は多い方が助かるわ」
揚げピザと聞いて、目を輝かせるゴパルとアバヤ医師だ。
大きな鍋に揚げ油が入っていて、ちょうど当番シェフがコンロの火を点火したところだった。作業台では早くも厨房スタッフがピザ生地を麺棒で延ばしている。その隣では、トマトソースとモッツァレラチーズを生地に乗せる工程を始めていた。
ゴパルが厨房の調理場を指さした。
「アレですよね、サビーナさん。このピザ屋の人気商品と聞いています」
サビーナが気楽な表情でうなずいた。
「そうね。ここの客は学生とか若い観光客が多いから、高カロリーなピザが人気なのよ。で、一番カロリーが高いのが、この揚げピザってわけ」
アバヤ医師がまだ窓の外から顔を見せていたが、サビーナに聞いてきた。
「ではサビーナ君。もう二人呼んでも構わないかね? つい先ほど首都からポカラへ着いたばかりだそうでね、お腹が空いているはずだ」
サビーナが素直に了承した。
「構わないわよ。でも、厨房に入る前に指定の作業着に着替えてきなさい」
「心得た」
アバヤ医師が窓の外から顔を引っ込めて更衣室へ向かったが、見送りもせずにレカに指示するサビーナだ。
「ほらレカっち。撮影を始めなさい。揚げピザ食べたいんでしょ」
「うへ~い」
レカが緩慢な動きでヘロヘロと片手を上げた。
厨房に設置してある固定カメラを起動させて、彼女のスマホで操作する。同時にスマホのカメラでも撮影を始めた。さすがに手馴れているのか、この一連の作業は素早い。
サビーナがスマホカメラを持ったレカを案内する形で、調理場の作業を紹介し始めた。今回サビーナはピザ作りをしないつもりのようで、レカが持っているスマホカメラに向かって説明をする。
「この揚げピザは、パンツェロットっていうイタリアのミラノで有名なピザね。元々は南イタリアのプーリア地域の料理で、それがミラノに伝わってきたのよ。この店では客向けにアレンジしているから、パンツェロット風ね」
一晩発酵させたピザ生地を麺棒で延ばして、その上に厚くトマトソースを塗り、モッツァレラチーズの輪切りを乗せていく。そしてバジルの葉を散らして折りたたんだ。大きさは大人の手の平サイズほどで、厚さは十センチくらいあるだろうか。
ピザ生地の端をつまんで結合させて、それを煮えた油の中へ入れていく。油が跳ねる騒がしい音が厨房内に鳴り始め、小麦粉が揚がる香りがしてきた。
サビーナが特に表情を変えないままで解説を入れた。
「見ての通り結構簡単でしょ。ピザを焼く窯が無くても、こうやればできるのよ。だけど、何度も言うけれど凄いカロリーだからね。太っている人にはお勧めできないな。どうせ、チソをがぶ飲みするだろうし」
そこへ、白い作業着に着替えたアバヤ医師が二人の男達を連れて厨房へ入ってきた。
「やあ、良い香りだね。ちょうど揚がった頃合いかな」
ゴパルが目を点にした。
「あれ? ゴビンダ教授とラビさんじゃないですか。観光に来たのですか?」
ラビと呼ばれた男がニッコリ笑ってゴパルに手を振った。
「やあ、ゴパルさん。首都が冷えてきたので、ちょいとポカラまで温まりに来ました」
そして、サビーナやカルパナ達にも手を振った。彼女達とも知り合いのようだ。
「ミカン復活事業が順調そうで良かったですね。この後で、見て回りたいのですが構いませんか?」
カルパナが嬉しそうな笑顔になって了解した。丁寧に合掌して挨拶してから答える。
「もちろんですラビ先生、ゴビンダ先生。この撮影が終わってからでもよろしいですか?」
ゴビンダ教授が穏やかな表情でうなずいた。
「揚げたピザを食べてみたいから、願ったり叶ったりだよ」
ラビ助手はゴパルとほぼ同じ背丈の百七十センチほどだ。ただしゴパルと違い痩せているが。肩まで伸びている癖のある黒髪の上に、無造作に作業帽を被せている。
作業服のポケットに再び両手を突っ込んで、鶏のようにパタパタさせているので、機嫌が良いのだろう。
ゴビンダ教授は百六十センチほどで、カルパナやサビーナと同じくらいの背丈だ。こちらは小太り体型で、少し猫背の五十代後半の男である。
目と眉が共に細いのだが山岳民族の顔立ちではない。彼も作業帽を被っているのだが短髪なのだろう、ラビ助手と比べると帽子の膨らみ具合が小さい。
ちなみに二人のフルネームは、ゴビンダ・ラズ・ギャワリとラビ・カドカだ。バクタプール大学農学部の育種学研究室の教授と助手である。
レカは撮影の邪魔が入ったので渋い表情をしている。カニのシオマネキのオスみたいに、チョキにした片手を無言で振り回していた。
この二人を含めた六人にバクタプール酒造の白ワインを注いだサビーナが、自身のグラスにも注いだ。ちょうど瓶を注ぎ切った感じだ。
「予定よりも人数が増えたから、ワインの量は少なめにしてるわよ。物足りない人は、そこにある料理用の白ワインとか白ワイン酢でも飲みなさい」
続いてサビーナが、揚げあがったばかりの揚げピザを白いネパール和紙で包んで、ゴビンダ教授とラビ助手に差し出した。熱々で、まだ油が跳ねる音がしている。
「ようこそポカラへ。ミカンの復活を楽しみにしてるわね」




