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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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日本の酒あれこれ

 カルナが興味を抱かなかったので、ここで簡単に、どぶろくや日本酒、古代酒の解説を挟んでおこう。


 ブドウのような糖分が多く含まれている果実を自然発酵させると、酵母菌の働きによって糖がアルコールに変わって酒になる。

 一方、穀物や木の実では糖分が少なくて代わりにデンプンが多く含まれている。酵母菌の中にはデンプンを糖に分解してアルコールを作る種類もあるのだが、効率が悪いので主流ではない。

 そのデンプンを糖に分解する酵素といえば、唾液中に含まれるアミラーゼが代表的だ。そのため、口噛み酒と呼ばれる酒造りがある。ただし、これも延々とモグモグしないといけないので非効率だ。さらに雑菌の混入も起こりやすい。

 例えば、ヤシの樹液の口噛み酒では特有のエグ味や悪臭があり、一般受けする風味ではない。しかもその方法ではデンプンがあまり糖に分解されないために、アルコール度数がビールよりも低い。


 さて、米を使った酒造りに移ろう。炊いたご飯や粥が、ある条件を満たすと甘くなる事に昔の人が気がついた。それは稲穂に黒い玉状になって埃のように付いているモノが付着したせいであった。さらには稲ワラでご飯を包むと甘くなる事もあった。コウジカビである。

 これらはコウジカビが胞子から発芽してご飯や粥の表面で成長し、アミラーゼを大量に分泌したためだ。これによって米のデンプンが糖に分解された。糖化という。かくして、カビの力を借りて米を酒にする方法が世界各国で編み出された。

 なお、ネパールで仕込まれる米の酒であるチャンではクモノスカビが使われている。一方、日本ではコウジカビだ。


 米の酒で最も簡単なのは、どぶろくだろう。チャンの場合は、固めの粥にマルチャと呼ばれる白くて丸いクモノスカビの塊を砕いて混ぜて発酵させる。どぶろくの場合は、もう少し手間がかかる。

 米に同量の水を加えて、おにぎりを一つ布袋に入れて漬け込む。三日ほど混ぜ続けると、空気中の酵母菌が増えて酒の臭いがしてくる。水は捨てずに別に取っておく。

 米を引き上げて蒸し、人肌くらいまで冷めてきたら清潔なゴザの上に広げてコウジカビの胞子(種麹)を振りかける。

 一晩経過するとコウジカビが発芽して菌糸を張り始める。これを発酵用の容器に入れて、捨てずに取っておいた酒の臭いがする水を加える。よく混ぜてから六度の冷暗所に入れて、数日間かき混ぜながら発酵させる。

 味見して酸っぱくなったら、ゆっくりと温度を上げていく。二十五度以上まで上げると、乳酸菌から酵母菌の活動に変化するので、そのままアルコール発酵させる。飲む人の好みにもよるが、発酵期間は十日から一ヶ月間ほどが目安だ。


 日本酒の場合はもう少し複雑になる。途中までは前述のどぶろく仕込みとほぼ同じだ。コウジカビの胞子を振りかけてから待つ時間が、一晩から二日間に延びる点が異なるくらいだろうか。発酵温度も三十五度程度を維持する。これに、蒸した米をさらに加えてよく混ぜて増量する。

 発酵用の容器に入れたら、捨てずに取っておいた水を加えて同じように低温で発酵させる。水が不足するので足して、酵母菌を追加で接種する。

 低温にすると乳酸菌が活動するので酸度を測る。望ましい酸度に達したら温度をゆっくりと上げていって、酵母菌の活動を促す。同時にアルコール発酵が始まる。これを『酒母』と呼ぶ。日本酒の種菌だ。

 使用する酵母菌によって、出来上がる日本酒の風味も変化する。コウジカビ、乳酸菌、そして複数の酵母菌による複合発酵が日本酒の特徴といえるだろう。

 低温蔵で研究するのは、この酒母だ。


 サンプルを採取して研究し、余った酒母は搾って日本酒にする。そのままでは酸味と渋味があるので、飲みやすいように木灰ろ過して加熱殺菌処理を施す予定だ。殺菌温度は六十度にして、それを三十分間続ける低温殺菌の方法である。アルコールが揮発して逃げないように、密閉容器の中で殺菌を行う。

 計画では無殺菌の日本酒を瓶詰めして長期保存する研究もするようだが……住民に飲み干されてしまわないように注意する必要があるだろう。


 ちなみに日本酒の酒造所では、この酒母に蒸した米を加えて発酵させる。できあがったものを『もろみ』と呼ぶ。もろみが盛んに発酵している間に、蒸した米を加える。これによって発酵を加速させて、商業生産用の日本酒が造られる。

 このように日本酒は、酒母やもろみに、蒸した米を次々に追加して発酵させる方法を採用している。『とう方式』と呼ばれる。

 どぶろくやチャン、ワインは一回限りの発酵方法だ。ワイン酒造所では、品質の安定化のために前回仕込んだワインの一部を加えたりもするが、あくまでも発酵補助の目的である。バクタプール酒造で使用している酒母も、これに微生物学研究室で培養した酵母や乳酸菌を添加したものだ。


 古代酒は、この日本酒の仕込み方とは違う。

 発酵させた酒をろ過して、それを水の代わりにして再度酒を仕込む方式である。『しおり方式』と呼ばれ、延喜式えんぎしきという古代酒の製造マニュアルに則って仕込まれる。ただし低温蔵では、モミ殻が付いたままの米は衛生上問題があるので使っていない。精米したモチ米を使用している。

 仕込み方は、以下のような感じだ。

 蒸したモチ米にコウジカビを生やしたモチ米(米麹)を混ぜ、それに水を加えて十日間ほど発酵させる。

 ザルを使って米を引き上げ、残った水に再度モチ米と米麹を加えて発酵させる。この作業を四回以上繰り返すと、トロリとした酒ができあがる。アルコール度数はビール程度しかなく、しかも甘くて糖濃度が二十から三十%にも達する。この甘さで保存できるようにした酒である。濃醇酒のうじゅんしゅと呼ばれ、シロップのような感じだ。

 実際に平安時代では甘味料や、役人の給料としても使われていた。ちなみに、麦芽を混ぜて仕込むとさらに甘くなり、煮詰めると水飴もどきになる。


 このような作業をするラメシュが、低温蔵の中でつぶやいた。

「そうだな……ABCに滞在する外国人観光客向けに、解説コーナーみたいなものを作っておくかな。日本酒の比重は少なくして、チャンの紹介を多くすれば良いだろう」


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