天然酵母の種菌つくり続報 その二
カルナの名前が出たので、ゴパルがカルパナとサビーナに伝えた。
「カルナさんですが、今はテライ地域のブトワルから歩いてポカラで向かっているそうですね。バスに乗る事ができれば良いのですが」
カルパナもスラリと伸びた細い眉を少し寄せて、心配そうな表情になった。
「カルナちゃんの事ですから、心配は無用だと思いますけれど……ポカラでも今朝から霧が出てきました。無事にここまで戻るようにお祈りしておきますね」
サビーナは別の事を心配しているようだ。
「カルナちゃんは大丈夫でしょ。それよりも、バージンオイルが低温で固まらないか、その方が気がかりね。一応は電熱ヒーターを使った温水浴で保温してるけど。客席に出した時に寒いと、油が固まってしまうのよ」
ゴパルが同情した。
「寒いと大変ですね」
ゴパルもカルナについては心配していないので、次の話をカルパナにした。
「カルパナさん。酵母菌を培養した後の素材ですが、KL培養液を仕込む際には使わないでください」
口調が冷静なものに変わっていく。
「酵母菌が活性状態のままなので、KL構成菌とケンカをしてしまう恐れがあります。米ぬか嫌気ボカシや、生ゴミボカシの材料でしたら問題ありませんよ」
カルパナが素直にうなずいた。
「はい、ゴパル先生。そうしますね」
サビーナが瓶の泡を眺めながら、軽く苦笑した。
「この天然酵母だけど、アルコール臭がするのよね。冷蔵庫で冷やしても、少し残るし。酢酸菌を加えても、やっぱり少し残ってるわね」
ゴパルが首を引っ込めて謝った。
「そうですか……効果が無かったようですいません」
サビーナが明るく笑って、両手を振った。
「私の店では酒も豚も使うから、イスラム教徒やヒンズー教徒の清浄階級の人は来ないわ。特に問題にはなっていないから、ゴパル君が心配しなくてもいいのよ」
ヒンズー教では、飲酒は黙認されている程度だ。推奨されていないので、酒を飲まない人がかなり多い。そして、豚肉は不浄な食材である。
ゴパルが少し考えてから答えた。
「そうですね……菌の活性が高い方が、パンやピザの発酵も良くなります。冷蔵庫で冷やさずに、アルコール臭がする前の段階で使い切った方が良いと思いますよ」
サビーナが腕組みをしながらうなずいた。
「冷蔵庫の容量には限りがあるものね。分かったわ。泡が噴き出してきたら使い始めて、アルコール臭がする前までに使い切るようにするわね」
サビーナがスマホの時刻表示を見て背伸びをした。
「うーん……そろそろディナー客の準備を始めるか。下ごしらえは終えているけれどね」
両腕をブンブン回しながら、ゴパルに顔を向けた。
「ゴパル君。生ゴミ処理の件、すっごく助かってるわよ。生ゴミが毎日二百キロくらい出るんだけど、悪臭やウジ問題が無くなったのよね。カルちゃんの評判も上々だし」
カルパナもゴパルに明るく微笑んだ。
「有機肥料として使えますね。今、大量に土ボカシにしている所ですよ。おかげで小麦栽培を始める事ができました」
ゴパルが頭をかいて照れている。
「私はほとんど何もしていませんよ。口だけです。実際に手を動かしたのは、サビーナさんやカルパナさんですよ」
サビーナが両肩を回して、ゴパルの背中をバンと叩いた。咳き込むゴパル。
「それはそうだけどね。きっかけはゴパル君だよ。さて、それじゃあ厨房へ戻るわね」
サビーナが何かの歌を口ずさみながら、地下室の階段を先に上がっていった。
カルパナが広口ガラス瓶を元の場所へ戻しながらゴパルに聞いた。
「ゴパル先生も、この後はABCへ戻るのですよね」
ゴパルもカルパナの手伝いをしながら、軽くうなずいた。
「はい。低温蔵でちょうどチャンと日本酒の仕込みを始めていまして。あんまり留守にすると、過発酵して酸っぱくなってしまいます。ですが今から戻っても、今晩はジヌー泊まりかな」
カルパナが同情しつつ、謝った。
「大変ですね。忙しいのにポカラへ来てくださって、どうもすいません」
ゴパルが明るく笑った。
「いえいえいえ。悪いのはクシュ教授ですから。早くポカラ工業大学から戻ってくれば良いのですが」




