昼食会が終わって
有機農業団体の昼食会と、協会長による面接試験を兼ねた食事会が終わった。面接を受けていた四人は、協会長に合掌して挨拶をして去っていった。有機農業団体の参加者もポカラ観光に出かけていく。
とりわけ嬉しそうにはしゃいでいるタイからの参加者を見送ったカルパナが、ロビーのソファーに腰かけてそのまま突っ伏した。
「疲れた……」
ゴパルもヨレヨレになってカルパナの隣にやって来た。
「お疲れさまでした、カルパナさん。何もお手伝いできなくて、すいません」
カルパナが顔を上げて、力なく微笑んだ。
「ゴパル先生も大変でしたね。アバヤ先生にからかわれて、子猫のように怯えているのが分かりました」
実際は、クシュ教授やサビーナにもからかわれていたのだが。
ゴパルがソファーの背もたれに両手をかけて体を支えながら、カルパナに聞いた。
「カルパナさん、ここに座っても構いませんか?」
今はロビーでの昼食ビュッフェが終わった後なので、まだ人で混雑していた。ソファーにも人が座っているので、空いている場所が無い。それに気がついたカルパナが、ソファーの隅に移動して座り直した。
「どうぞ……」
「では失礼して」
ゴパルがカルパナが座っているのとは反対側の隅に腰かけた。彼の体重のせいで、ソファーが少し沈み込む。カルパナがようやくクスクスと笑った。
「ゴパル先生、食べ過ぎですよ」
ゴパルが頭をかいて口元を緩めた。
「美味しかったので、調子に乗ってしまいました。反省しています」
そして、一呼吸おいて二人とも長い溜息をついて、突っ伏した。
しばらくして、クシュ教授とラビン協会長が談笑しながらやって来た。
「ん?」
クシュ教授がゴパルとカルパナを見つけて、彼らの背中に向けて声をかけた。二人ともまだ同じような態勢で突っ伏しているままだ。
「こらこら、まだ若いのに昼寝かね」
ゴパルがノロノロとした動きで顔を上げた。
「血液が胃腸に集まり過ぎていまして、脳が血液不足なんです」
そして、ボーっとした表情でクシュ教授の周囲を見回した。
「あれ? アバヤ先生は帰宅したのですか?」
ラビン協会長が穏やかに微笑みながらうなずいた。
「はい。彼も食べ過ぎたと言っていましたからね。家に戻って昼寝でもするのでしょう」
ゴパルがクシュ教授に聞いてみた。
「私も部屋に戻って休んでも構いませんか? クシュ教授」
クシュ教授がニッコリと微笑んだ。
「もちろんだとも。しかし、その前に一つ新しい企画を思いついたので、それを話しておくよ」
嫌な予感がするゴパルをよそに、クシュ教授がラビン協会長に視線を向けた。大きな黒い瞳がキラリと光る。
「実は微生物学研究室も交流会を計画していてね。首都ではなくてポカラで行おうかと考えたのだよ。毎回首都だと、さすがにマンネリ化してしまってね」
嫌な予感が加速度的に膨らんでいくのを感じるゴパルだ。クシュ教授が淡々とした口調に変わった。
「具体的な日程と人数は後日決めるが、今回のカルパナさん主催の交流会と同じくらいの人数になるはずだ」
協会長も既にクシュ教授から相談を受けていた様子で、落ち着いて答えた。
「我々ホテル側としても大歓迎ですよ。ですが、できれば早めに決めてくださいね。他の予定と重なる恐れがありますので。ん? どうかしましたか? ギリラズ給仕長さん」
給仕長が協会長を呼んでいるようだ。
カルパナがソファーから立ち上がって、合掌して協会長に礼を述べた。
「ラビン協会長さん。今日は色々と手配してくださって、ありがとうございました」
「いえいえ、これも仕事ですから。無事に交流会が終わって良かったですね。では、また後ほど」
協会長を見送ったカルパナが、今度は小首をかしげてゴパルを見た。
「あの……微生物学研究室の交流会ですか?」
ゴパルがうなずいて、カルパナに続いてソファーから立ち上がり簡単に解説した。
「KLの開発チームの交流会です。ここネパールで商品化する際に、米国やドイツ、それに日本の微生物資材会社と技術提携をしたのですよ」
ここでチラリとクシュ教授を見てから、話を続けた。
「ですので、変人の研究者ばかりです。多分、彼らが何を話しているのかすら分からないと思いますよ。私も半分くらいは理解の外ですし」
カルパナがキョトンとした表情になった。
「ゴパル先生が分からないのですか。想像がつきません」
ゴパルがクシュ教授を再びチラリと見てから、首をすくめて微笑んだ。
「それが普通の人の反応ですから、大丈夫ですよ。話しかけると口論になるような人ばかりですから、関わらない方が気が楽だと思います」
ゴパルが続けて説明した所によると、この交流会は毎年西暦の太陽暦で一月四週と七月四週の二回、それぞれの国の持ち回りで開催されているらしい。今年はネパールで開催する年になっていた。
クシュ教授が今になって気がついたような仕草をした。かなり、わざとらしい仕草だ。
「その時期は、イースター祭とバカンス休日に近かったな。日本は別だが」
ゴパルがうなずいて、軽く肩を落とした。
「はい、教授」
そのままの姿勢でカルパナに説明を続ける。
「観光目的が半分以上ですね。首都の観光では、バラジュ地区やゴダワリ地区とカカニの丘にある植物園巡りを考えていたのですが……」
最後にクシュ教授にジト目を向けた。
「ポカラですか、クシュ教授。ラメシュ君に任せようと思っていたのですが……」
クシュ教授が朗らかに笑った。
「だってほら、一月四週とか寒いじゃないか。カカニの丘だと霜が降りている時期だ。その点ポカラであれば、気温の面では大丈夫だろ」
ゴパルがジト目のままで深いため息をついた。
「やはりそういう理由でしたか。外国の企業は学部卒業生の就職先でもあるのですから、あまりクシュ教授の好みやわがままを押しつけないでくださいね」
しかし、ゴパルの忠告はクシュ教授の耳に届いていないようだ。スマホで時刻を確認して、さっさとホテルの外へ向かっていった。
「おっと。今日中に首都へ帰らないといけないのだった。タクシーを待たせてある。これからゴパル君が世話になった、ポカラ工業大学のスルヤ教授に会いに行ってくるよ。ではまた」
がっくりと肩を落として背中を丸めるゴパルに、カルパナが声をかけた。
「活動的な先生ですね。学生達の卒業後の就職先にも気を配っているのですね、良い先生です」
ゴパルが顔を上げて、疲れた笑顔を浮かべた。
「ラメシュ君のような博士課程の就職先も考えているそうですよ。まあ、私のように大学に残るのかも知れませんが」
再び二人になったゴパルとカルパナだ。二人とも同じソファーの両端に座りながら、再び突っ伏した。
「疲れたー」
「疲れましたー」




